保険学雑誌 第631号 2016年(平成28年)1月
日本における生命保険売買の法的可能性
吉澤 卓哉・小坂 雅人
■アブストラクト
経済的にも苦しんでいる末期患者にとって,自身が保有する生命保険契約をいかに高価に換価できるかは重要な関心事である。現在の日本においては,簡易生命保険を除き,保険契約者変更における保険者承諾要件が障碍となって生命保険売買の途が閉ざされていると考えられているが,必ずしもそうではないと思われる。なぜなら,保険契約者変更手続に関して,約款に保険者承諾要件が規定されている場合には,当該条項に合理性が認められる範囲において保険者承諾の取り付けが必要となるが,モラル・リスクの可能性の増大は合理的な理由とはならないので,通常は保険者承諾が不要であり,保険者に対する単なる通知でよいと考える余地がある。また,引き続いて保険金受取人変更手続が行われるが,約款に保険者承諾要件が規定されていなければ,保険者に対する単なる通知でよいからである。
■キーワード
生命保険売買,保険契約者変更,保険金受取人変更
■本 文
『保険学雑誌』第631号 2016年(平成28年)1月 , pp. 1 − 31
現代ポートフォリオ理論を用いた生保の最適資産ポートフォリオの提案
久保 英也・楠田 浩二
■アブストラクト
生命保険会社の資産運用は超長期の国債などの運用対象の不足や負債の簿価評価など保険会計の特殊性,そして,資産運用の基礎理論の不在などから困難に直面している。本稿では,制約の多い生命保険会社の最適資産配分の理論モデル(楠田(2013,2014))を基礎に,現実の生命保険会社のデータを用いた実証分析を行い,最適資産配分を求めることを目的とする。
同モデルは,①従来の1期間モデルではなく多期間モデル,②ナイトの不確実性の明示的な取り込み,③保険債務を「国債類似証券の受動的空売り投資」と見做し資産ポートフォリオへの組込み,④近似解析手法を用いた実証に耐えられる構造,などを特徴とする。分析過程では,カルマン・フィルタによる観測不能な平均金利等の推定や非線形連立方程式の諸数値解法等の計量技術を持ち込み,最適ポートフォリオの解を導出した。
その結果,最適ポートフォリオは生命保険会社の現実のポートフォリオと大きな乖離はなかったことが判明した。
同モデルは,①従来の1期間モデルではなく多期間モデル,②ナイトの不確実性の明示的な取り込み,③保険債務を「国債類似証券の受動的空売り投資」と見做し資産ポートフォリオへの組込み,④近似解析手法を用いた実証に耐えられる構造,などを特徴とする。分析過程では,カルマン・フィルタによる観測不能な平均金利等の推定や非線形連立方程式の諸数値解法等の計量技術を持ち込み,最適ポートフォリオの解を導出した。
その結果,最適ポートフォリオは生命保険会社の現実のポートフォリオと大きな乖離はなかったことが判明した。
■キーワード
ポートフォリオの最適化,負債の時価評価,近似解析解
■本 文
『保険学雑誌』第631号 2016年(平成28年)1月 , pp. 33 − 63
債権法改正が不法行為法の検討に託した課題
―在るべき中間利息控除の仕組みの探求―
西羽 真
■アブストラクト
今般の民法(債権法)改正案に含まれる中間利息控除の新たな規律は,変動制に移行する法定利率の適用について定めるものであり,賠償責任保険の実務に多大な影響を及ぼすことが想定される。新規律は,損害賠償制度全般に関する議論に立ち入らず最低限の手当てをしたものと言え,将来における不法行為法の検討に多くの課題を託すものである。中間利息控除への変動利率の適用は,現行実務に対する問題意識も考慮した対応ではあるが,不法行為時が異なることで賠償額に大きな差異を生じさせ,また損害賠償制度に係る従来の整理や既存の実務に修正を迫ることも想定されるものであり,その合理性について検証が試みられる必要がある。不法行為法の検討においては,想定される諸論点を網羅した議論を通じ,変動・固定双方の利率を組み合わせた中間利息控除スキームの是非も含め,様々な選択肢から最適な仕組みを採ることが追求されるべきである。
■キーワード
中間利息控除,債権法改正,不法行為法
■本 文
『保険学雑誌』第631号 2016年(平成28年)1月 , pp. 65 − 90
戦後生命保険ビジネスモデルの変遷に関する一考察
金 瑢
■アブストラクト
本稿は,戦後日本の生命保険ビジネスモデルの変遷について考察することを目的とする。そこでまず,生保会社を取り巻く経営環境の変化および生保市場の構造変化を明らかにした。次に,生命保険ビジネスモデルを商品開発・供給と販売を一体で行うものと,商品供給に徹し,販売を行わない製販分離の2つに大別し,前者をさらに①フルラインの商品を対面販売チャネルで提供するタイプ,②特定のターゲットや商品に特化するタイプ,③コスト優位で低価格商品を提供するタイプの3つに分類した。大手会社は戦後護送船団行政の下で,①のビジネスモデルを展開し収益性の高い死亡保障商品を女性営業職員を通して大量に販売した。しかし1990年代以降事業環境が大きく変化する中で,大手会社は代理店とりわけ金融機関チャネル(銀行窓販)を活用し,貯蓄性の高い商品を販売するなど,従来のビジネスモデルを再構築する動きが出ている。一方,中小会社の中には従来から②の特化型ビジネスモデルを展開する企業があり,さらに,近年では③のコスト優位型ビジネスモデルや「製販分離」のビジネスモデルを展開する企業が現れた。
■キーワード
生命保険ビジネスモデル,対面販売,保険の製販分離
■本 文
『保険学雑誌』第631号 2016年(平成28年)1月 , pp. 91 − 111
ドイツ保険法におけるいわゆる「戦争除外条項」の解釈について
久保 寛展
■アブストラクト
本稿は,ドイツ保険法(とくに2008年版傷害保険普通約款第5.1.3号)を基礎に,戦争除外条項を取り上げ,当該条項の解釈論を展開するものである。近年,1990年代の湾岸戦争や2001年の9.11事件のように保険業界にも特徴的な事件が繰り返された結果,ドイツでは当該条項の解釈についてさまざまな議論がなされている。このことは,法的観点から再度,その意義や目的を具体的に検討する余地を残すものであろう。本稿における検討の結果,個々の戦争事象については,算定不能な戦争リスクの除外という目的を前提に,結論として戦争事象と当該事故との間の直接もしくは間接の相当因果関係の有無によって評価されること,テロ攻撃も戦争事象に含まれる場合があること,保険者の証明責任は,表見証明等によって軽減が可能であることなどを指摘し,もってドイツ保険法上の戦争除外条項の解釈の方向性を提示している。
■キーワード
ドイツ傷害保険,戦争除外条項,テロ攻撃
■本 文
『保険学雑誌』第631号 2016年(平成28年)1月 , pp. 113 − 132
傷害保険における事故の外来性の意義
―外部からの作用による気道閉塞について―
横田 尚昌
■アブストラクト
最判平成25年4月16日の吐物誤嚥窒息死の事案について,その判旨の結論に沿った事故の外来性の解釈をしようとするときには,今一度,被保険者の窒息死と相当因果関係で結ばれる事故(直接原因)とは何であるのかを問い直さなくてはならない。結論的に,その直接原因は吐物の気管内流入充満作用による気道閉塞事故であり,これは外来の事故であると考える。したがって,吐物誤嚥以前の出来事ないし作用の連鎖はすべて間接原因と位置づけられ疾病免責条項適用の問題として論じることになる。その際,被保険者に限らず健常人であっても飲酒時に精神薬を同時服用すれば副作用が増強し,もって気道反射の著しい低下という身体の不調がもたらされる,と言える場合には,疾病免責条項の適用は難しいと思われる。なぜなら,その身体の不調は被保険者に固有の疾病の影響によるものではなく飲酒時精神薬同時服用という外部からの作用によってもたらされたものだからである。
■キーワード
吐物誤嚥,事故の外来性,疾病免責条項
■本 文
『保険学雑誌』第631号 2016年(平成28年)1月 , pp. 133 − 153
「贈り物」としての生命保険に関する一考察
田中 隆
■アブストラクト
本稿の目的は,生命保険が消費者から「贈り物」として表現される傾向について,Viviana Zelizer(1989)による特殊貨幣(special monies)の概念を援用した社会学的分析を中心に,考察を試みることである。
本稿においては,金銭・貨幣で形成される死亡保険金が,消費者から「贈り物」とされてきた現象に対して,Zelizer の特殊貨幣の概念を援用することで,「贈り物」としての生命保険が,特殊貨幣的存在の位置にあることを説明する。
そして,被保険者の「死」から生じるシンボル性と,贈与行為における象徴性に伴い,特殊貨幣的要素が形成されることで,消費者において生命保険が「贈り物」として成立することを指摘し,そして,この構図から,保険制度とその社会的な受容とのバランスが伴われていることを,明確にする。
消費者から生命保険が「贈り物」とされてきた傾向に対して,本稿における分析は,生命保険を消費者に販売する際に,倫理的・理論的に有益な基盤を構築し得るものである。
本稿においては,金銭・貨幣で形成される死亡保険金が,消費者から「贈り物」とされてきた現象に対して,Zelizer の特殊貨幣の概念を援用することで,「贈り物」としての生命保険が,特殊貨幣的存在の位置にあることを説明する。
そして,被保険者の「死」から生じるシンボル性と,贈与行為における象徴性に伴い,特殊貨幣的要素が形成されることで,消費者において生命保険が「贈り物」として成立することを指摘し,そして,この構図から,保険制度とその社会的な受容とのバランスが伴われていることを,明確にする。
消費者から生命保険が「贈り物」とされてきた傾向に対して,本稿における分析は,生命保険を消費者に販売する際に,倫理的・理論的に有益な基盤を構築し得るものである。
■キーワード
生命保険,贈り物,特殊貨幣
■本 文
『保険学雑誌』第631号 2016年(平成28年)1月 , pp. 155 − 173