保険学雑誌 第632号 2016年(平成28年)3月
家計保険における死亡保障領域の生命保険需要決定要因
小山 浩一
■アブストラクト
本稿は,死亡保障領域の生命保険需要決定要因を探索的因子分析及びパス解析により実証的に考察した。考察の結果,生命保険需要の起点となるリスク認知はライフサイクル型,遺産動機型,個別課題型の3リスク認知に分類された。ライフサイクル型及び遺産動機型リスク認知は,経済準備意向を経て生命保険需要に正の影響を与える。これに対して個別課題型リスク認知は,生命保険需要に直接正の影響を与えるため,他のリスク認知と不整合に需要要因となり過剰・過少保険を生む可能性を持つ。
経済準備意向は預貯金需要と生命保険需要へ正の影響を与える。その上で預貯金需要が生命保険需要へ正の影響を与えることから,預貯金需要は生命保険需要の先行要因となることが確認された。預貯金は限定的問題解決の段階で認知的な近道により需要され,生命保険はその延長線上にある拡張的問題解決段階で合目的的に需要される。
経済準備意向は預貯金需要と生命保険需要へ正の影響を与える。その上で預貯金需要が生命保険需要へ正の影響を与えることから,預貯金需要は生命保険需要の先行要因となることが確認された。預貯金は限定的問題解決の段階で認知的な近道により需要され,生命保険はその延長線上にある拡張的問題解決段階で合目的的に需要される。
■キーワード
リスク認知,預貯金需要,生命保険需要
■本 文
『保険学雑誌』第632号 2016年(平成28年)3月 , pp. 1 − 30
保険業をめぐるグローバリゼーションの背景と動向
中浜 隆
■アブストラクト
本稿は,⑴1990年代以降における保険業のグローバリゼーションの背景,⑵保険会社の海外進出の動向,⑶国際保険資本規制の制定を取り上げ,1990年代以降における保険業の新しい事象(1990年代以降の特徴)を探る。
上記⑴の国内的・域内的要因には,金融サービス分野の規制緩和・自由化および金融・保険グループの形成・成長とそれに伴う競争激化などがある。国際的要因には,旧社会主義国における民主化・市場化および新興国における経済改革と経済成長などがある。
日本の保険会社は1990年代以降には現地の企業や個人の保険も引き受けるようになっている。保険引受業務はグローバル性よりもドメスティック性のほうが強いならば,それから生じる新たな課題に取り組む必要がある。国際保険資本規制の制定はそれ自体,1990年代以降の新しい事象である。
1990年代以降における①国際的な保険グループの形成・成長,②新興国の経済発展と保険市場の拡大,③国際保険資本規制の制定と各国・地域の保険監督体制の整備・構築(保険監督規制の国際標準化)は,保険業が新たな段階に入ったことを示している。
上記⑴の国内的・域内的要因には,金融サービス分野の規制緩和・自由化および金融・保険グループの形成・成長とそれに伴う競争激化などがある。国際的要因には,旧社会主義国における民主化・市場化および新興国における経済改革と経済成長などがある。
日本の保険会社は1990年代以降には現地の企業や個人の保険も引き受けるようになっている。保険引受業務はグローバル性よりもドメスティック性のほうが強いならば,それから生じる新たな課題に取り組む必要がある。国際保険資本規制の制定はそれ自体,1990年代以降の新しい事象である。
1990年代以降における①国際的な保険グループの形成・成長,②新興国の経済発展と保険市場の拡大,③国際保険資本規制の制定と各国・地域の保険監督体制の整備・構築(保険監督規制の国際標準化)は,保険業が新たな段階に入ったことを示している。
■キーワード
グローバリゼーション,保険会社,海外進出
■本 文
『保険学雑誌』第632号 2016年(平成28年)3月 , pp. 53 − 64
国際保険監督規制の現状と課題
木下 孝治
■アブストラクト
世界的な金融危機を招いた反省から,グローバルに活動する金融機関に対する監督法制の見直しが各セクターにおいて進められているところ,保険セクターにおいても,国際的に活動する保険グループ(IAIG)を監督するための国際標準となる規制枠組の方向性が明らかにされ,ルールの具体化に向けた作業が進められている。保険グループ監督のための共通枠組(ComFrame)では,IAIGの定義が示され,そこで課される保険資本基準(ICS)のあり方についても,具体的な計算方法の考え方が示されている。グローバルシステム上重要な保険グループ(G-SII)に対する追加の資本規制は,基礎資本要件(BCR)と,より高度の損失吸収力(HLA)規制が,全体に係る保険資本規制よりも先に形となった。今般の規制では,保険リスクの評価に加えて非保険業務のリスク評価手法の開発が進められており,保険業規制全体の質を高める効果も期待される。保険契約者保護を超えた金融システム保護のための監督法制は,従来の監督法の枠を超えるものであるので,その考え方をよく咀嚼して,保険業法改正に備えることが望ましい。
■キーワード
国際保険監督,保険資本基準,保険グループ監督
■本 文
『保険学雑誌』第632号 2016年(平成28年)3月 , pp. 65 − 79
生命保険業のグローバル化への対応と課題
野口 直秀
■アブストラクト
本稿では,我が国生命保険業のグローバル化1)について,世界の生命保険市場を概観した上で,日本の生命保険会社の海外展開の現状を整理する。
また,生命保険業のグローバル化への課題として,国内規制に焦点を絞り,海外の保険会社を買収する際に生じる子会社業務範囲規制を取り上げる。同規制については,国内を視野に制度導入時には合理的な理由を有していたものと考えられるが,我が国保険業のグローバル化が急激に進展している今日,とりわけ海外での適用について,国内外の監督体制の整備やERM等リスク管理手法の進展等の状況を踏まえ,抜本的な検討を要する時期に来ていると思われる。
また,生命保険業のグローバル化への課題として,国内規制に焦点を絞り,海外の保険会社を買収する際に生じる子会社業務範囲規制を取り上げる。同規制については,国内を視野に制度導入時には合理的な理由を有していたものと考えられるが,我が国保険業のグローバル化が急激に進展している今日,とりわけ海外での適用について,国内外の監督体制の整備やERM等リスク管理手法の進展等の状況を踏まえ,抜本的な検討を要する時期に来ていると思われる。
■キーワード
生命保険,グローバル化,子会社業務範囲規制
■本 文
『保険学雑誌』第632号 2016年(平成28年)3月 , pp. 81 − 98
損害保険業のグローバル化への対応と課題
鈴木 衆吾
■アブストラクト
近年,日本の保険会社による海外進出やM&Aが活発に行われ,グローバル化が加速していると言われている。日本の大手損害保険会社の海外進出の歴史は長いが,2000年代以降,国内市場の成熟化を背景に,M&A等の活用により本格的に海外ローカル市場への進出が行われるようになった。現在では,ポートフォリオ分散の観点からも海外事業の拡大が推進されるようになり,国内損保大手3グループともに,海外事業を成長領域と捉え,今後も海外事業のウェイトを高めていくとしている。
また,国際監督規制・資本規制において,グローバルに統一的な監督基準や資本要件策定の動きがある他,本邦監督当局を含めた各国の監督当局間の連携が強化されている。さらに,資本の十分性(ソルベンシー水準)と効率性(ROE)のバランスをどのように取るかについても,より重要なテーマとなっている。
このような環境下,損害保険会社の海外事業における主な課題として,①ERMの推進・高度化,②ガバナンス態勢強化,③グローバル人材の育成・確保等があると考えられる。特に人材に関しては,一部の国・地域において,Fit & Proper基準およびその運用が強化される流れも見られており,グローバル人材育成の重要性は益々高まっている。
また,国際監督規制・資本規制において,グローバルに統一的な監督基準や資本要件策定の動きがある他,本邦監督当局を含めた各国の監督当局間の連携が強化されている。さらに,資本の十分性(ソルベンシー水準)と効率性(ROE)のバランスをどのように取るかについても,より重要なテーマとなっている。
このような環境下,損害保険会社の海外事業における主な課題として,①ERMの推進・高度化,②ガバナンス態勢強化,③グローバル人材の育成・確保等があると考えられる。特に人材に関しては,一部の国・地域において,Fit & Proper基準およびその運用が強化される流れも見られており,グローバル人材育成の重要性は益々高まっている。
■キーワード
M&A,ERM,グローバル人材
■本 文
『保険学雑誌』第632号 2016年(平成28年)3月 , pp. 99 − 118
防御義務の有無に関する判断基準の検討
―アメリカ法の近時の動向―
深澤 泰弘
■アブストラクト
アメリカにおいて責任保険者が防御義務を負うか否かは,第一に訴状における主張から判断されるが,訴状における主張が担保範囲外のものであっても,外部情報により被保険者の責任が担保範囲内であることを保険者が知っている場合,防御義務を負うという可能性基準ルールを用いて通常判断している。このため,例外的な状況を除いて,保険者は防御義務を負うことになるが,防御義務を負う状況の中には保険者と被保険者との間に利益衝突を生じさせる状況がある。そこで,保険者の権利を保護するために条件付の防御を認めることもあるが,そのような防御では利益衝突は解消されない。また,利益衝突を解消する制度としての宣言的救済判決は万能の制度とはいえず,このような場合の解決手段として十分ではない。アメリカでは保険者が防御義務を負う範囲が広いことから,被保険者の利益に資する面もあるが,多くの悩ましい利益衝突の状況も作り出しているといえる。
■キーワード
責任保険,防御義務,アメリカ法
■本 文
『保険学雑誌』第632号 2016年(平成28年)3月 , pp. 147 − 167
モンゴルの公的年金制度の将来財政収支の推計と改善に向けた対応
バトボルド ボロル ソフタ
■アブストラクト
モンゴル国(以下,モンゴルと略す)の公的年金制度は,13世紀の大モンゴル帝国時代の高齢者助け合い制度を原点に,王政,社会主義政権,民主主義政権と移行が進む中でも制度変更がなされ,1999年に概念的確定拠出年金を軸とした公的年金制度が誕生するなど興味深い。ただ,日本以上に長い歴史を有する年金制度ではあるものの,今後急速に進む高齢化への対応遅れや人口の3割を占める遊牧民の無年金など課題も多い。そこで本稿では,モンゴルの公的年金制度を歴史的に鳥瞰すると共に今後の年金財政健全化に向けた課題を財政シミュレーションにより明確する。
その結果,可能な限り早い時期に年金保険料を現在の14%から4ポイント引き上げ,また,給付額を現在の45%から5ポイント引き下げる改革が必要になることが判明した。同時に優遇されている早期退職年金給付制度を改め,現在の女性の年金支給年齢を55歳から60歳へ引き上げる(男性は既に60歳)政策を併用し,保険料の引き上げ,給付の引き下げ摩擦を抑えることが重要である。
その結果,可能な限り早い時期に年金保険料を現在の14%から4ポイント引き上げ,また,給付額を現在の45%から5ポイント引き下げる改革が必要になることが判明した。同時に優遇されている早期退職年金給付制度を改め,現在の女性の年金支給年齢を55歳から60歳へ引き上げる(男性は既に60歳)政策を併用し,保険料の引き上げ,給付の引き下げ摩擦を抑えることが重要である。
■キーワード
モンゴル公的年金制度,年金財政シミュレーション,概念的確定拠出年金
■本 文
『保険学雑誌』第632号 2016年(平成28年)3月 , pp. 169 − 184