保険学雑誌 第618号 2012年(平成24年)9月
酒気帯び免責条項に関する一考察
山下 典孝
■アブストラクト
本稿は,酒気帯び免責条項の適用を巡り異なった解釈をとった大阪地判平成21年5月18日判時2085号152頁と東京地判平成23年3月16日自保ジャーナル1851号110頁,金判1377号49頁とを素材として,酒気帯び免責条項に関する法的問題を検討するものである。
酒気帯び免責条項を置き,飲酒運転を抑止するために,一律に免責を認めることは合理的根拠を持ち得ることである。様々な方向から,飲酒運転を撲滅することの一環として,酒気帯び免責条項が置かれているとする考え方も十分に妥当性を有するものと考え,私見の立場は,酒気帯び免責条項については,制限的解釈をすべきではないと考える。
酒気帯び免責条項を置き,飲酒運転を抑止するために,一律に免責を認めることは合理的根拠を持ち得ることである。様々な方向から,飲酒運転を撲滅することの一環として,酒気帯び免責条項が置かれているとする考え方も十分に妥当性を有するものと考え,私見の立場は,酒気帯び免責条項については,制限的解釈をすべきではないと考える。
■キーワード
酒気帯び運転,危険増加,保険者免責
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 1 − 15
消費者集合訴訟制度に関する諸問題
―保険会社・保険業務を中心に―
浅井 弘章
■アブストラクト
消費者庁は,平成23年12月,「集団的消費者被害回復に係る訴訟制度の骨子」を公表し,本稿脱稿日現在,新しい訴訟制度を導入するための法案作成を行っている。新しい訴訟制度は従来の民事訴訟と異なる構造・特徴を有している。また,保険募集業務,契約管理業務,保険金支払業務など保険会社が営む業務全般に係る紛争が新しい訴訟制度の対象となる可能性があると考える。
保険会社が新しい訴訟制度の被告となるという事態の発生を避けるためには,それぞれの保険会社において新しい訴訟制度の特徴等を踏まえ,それぞれの業務ごとに,従来から継続している態勢整備を一層充実・強化する必要があると考える。
保険会社が新しい訴訟制度の被告となるという事態の発生を避けるためには,それぞれの保険会社において新しい訴訟制度の特徴等を踏まえ,それぞれの業務ごとに,従来から継続している態勢整備を一層充実・強化する必要があると考える。
■キーワード
適格消費者団体,消費者庁,日本版クラスアクション
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 17 − 36
生命保険金請求権の質権設定について
深澤 泰弘
■アブストラクト
第三者のためにする生命保険契約において,保険契約者は抽象的保険金請求権に対し単独で質権を設定できるとする説(肯定説)と,明示的な保険金受取人の自身への変更手続または保険金受取人の同意なしに質権を設定できないとする説(否定説)の対立が存在する。抽象的保険金請求権が保険契約締結時から保険金受取人の権利であることは間違いないが,保険事故の発生までは何の請求もできず,被保険者の同意なしに譲渡や質入もできない,保険契約者の意思次第で抽象的保険金請求権は減少したり消滅したりする脆弱な権利であり,その権利性をことさらに強調すべきではない。保険事故発生前は,保険契約者が保険契約の解約や保険金額の変更といった保険契約全体の処分権を有しているのであるから,契約内容を変更するが如く,その処分権に基づいて保険契約者は当然に単独で抽象的保険金請求権に質権を設定できると考えるのが妥当である。
■キーワード
質権,第三者のためにする生命保険契約,抽象的保険金請求権
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 37 − 56
保険約款規定内容と異なる個別合意の成否と効力
吉澤 卓哉
■アブストラクト
本稿は,保険約款規定内容と異なる個別合意に関して,裁判所の態度を分析したうえで,そのような個別合意の成否および効力を総合的に検討するものである。検討の結果,保険約款規定内容に関する誤認や誤解による「個別合意」である場合には,保険約款どおりの契約内容となり,無権代理にもならない。保険募集人の独断による「個別合意」であって,保険約款の誤認や誤解でない場合には,保険募集人との間では個別合意が成立するものの(無権代理行為),表見代理が成立する可能性は低い(なお,保険者側に有利な場合には事実上,個別合意の主張がなされない)。保険者了解による「個別合意」であって,保険約款の誤認や誤解でない場合には,有効な個別合意として保険者も保険契約者も(団体保険契約においては加入者も)拘束されることになると考えられる。
■キーワード
保険約款,個別合意,表見代理
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 57 − 76
医療保障領域におけるリスク認知と生命保険需要
林 晋
■アブストラクト
家計保険に関し,リスク認知が保険需要形成プロセスの出発点であると想定されるにもかかわらず,実際の保険需要はリスク認知から形成されるとは限らず,合理的思考と行動の脆弱性を併せ持つことが指摘されている。医療保障領域について,家計におけるリスク認知と生命保険需要形成プロセスをパス解析で検証した結果,生命保険需要は,合目的的,合理的には形成されておらず,ケガ・病気のリスク認知が高くてもリスク保障欲求としては死亡,老後等の保障準備を優先し,ケガ・病気の保障準備の必要性を感じない一方,リスク認知が高いほど生命保険の購入意向が強いことが確認できた。このことから,公的医療保険制度が完備しているため,ケガ・病気の保障準備の必然性が弱く,リスク認知からリスク保障欲求へのプロセスが未成熟であること,さらに生命保険需要が直接リスク認知に求められており,生命保険に公的医療保険制度を補完する役割が求められていることが明らかとなった。
■キーワード
リスク認知,生命保険需要,パス解析
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 77 − 96
損害防止費用とは何か
―損害防止費用における損害の意味―
中出 哲
■アブストラクト
保険法は,損害てん補方式の保険契約について損害防止義務を定め,その費用を支払対象と規定するが,その内容は約款で大幅に変更される場合も多い。ヨーロッパ保険契約法原則は,この問題を因果関係の問題と位置付けていて注目される。損害防止費用を分析すると,複雑性,予測困難性,複合性等の特徴があり,損害防止側と保険者側において損害の認識に違いがある場合があり,被保険者等に義務を課して対応費用をてん補する理論が適合するか疑問がある。課すべき義務は保険の存在によって損害を悪化させてはならないという消極的義務と考えられ,そうであれば費用てん補は特に追加して支払うものといえる。この制度は損害てん補の給付方式に特有といえるかも疑問で,モラル・ハザード等をもとに保険種目毎に実態に応じた設計が必要で,保険法の解釈においてもこれらの特徴を踏まえる必要がある。
■キーワード
損害防止義務,損害防止費用,損害概念
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 97 − 116
ホスピタリティと保険経営
林 裕
■アブストラクト
保険会社は,保険契約時または事故発生時に顧客と直接かかわる人的要素の強い産業であるため,その業務はゲストとホストとの対等なコミュニケーションを通じて顧客満足度の最大化をめざすホスピタリティの基本理念と相通じる。顧客とのコミュニケーションを考える場合,保険契約に不慣れな顧客が多いという現状を考えれば,顧客と直接かかわる販売チャネル担当者の役割が重要になる。生命保険においては生涯のパートナーとして,損害保険においては人生の万が一の場面において,ホスピタリティを付加価値として加えることによって,顧客との良好な関係を維持することができ,そのことが企業利益の拡大につながる。
なお,顧客に対するホスピタリティを発揮するためには,販売チャネル担当者自身が自分の仕事に対する誇りや自信,そして喜びをもつ必要がある。ホスピタリティは顧客を対象とするものだけではなく,保険会社における内なるホスピタリティも重要である。従業員満足なくして顧客満足はありえないからである。
なお,顧客に対するホスピタリティを発揮するためには,販売チャネル担当者自身が自分の仕事に対する誇りや自信,そして喜びをもつ必要がある。ホスピタリティは顧客を対象とするものだけではなく,保険会社における内なるホスピタリティも重要である。従業員満足なくして顧客満足はありえないからである。
■キーワード
ホスピタリティ,販売チャネル,顧客満足度
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 117 − 131
年金理解度と年金教育需要
佐々木 一郎
■アブストラクト
現在わが国では,若年世代を中心に公的年金未納・未加入が社会問題になっている。先行調査・研究から,公的年金未納・未加入者は年金理解度が低い傾向があることが示唆されている。そのため,年金未納・未加入問題を解決するという観点からも,年金理解度が低い人々は,不足する年金理解度を補うため,年金教育需要が高いことが望まれる。年金理解度と年金教育需要の間には,どのような関係があるのであろうか。
本研究では,独自のアンケート調査データに基づき,年金教育需要に影響する要因を明らかにすることを研究目的とした。分析の結果,年金理解度の低い人々ほど,むしろ,年金教育需要は低いことが明らかになった。年金理解度の低い人々が自発的に年金教育を需要することは見込みにくいため,仮に学校教育現場で年金教育を実施するのであれば,任意ではなく強制実施することが必要であると考えられる。
本研究では,独自のアンケート調査データに基づき,年金教育需要に影響する要因を明らかにすることを研究目的とした。分析の結果,年金理解度の低い人々ほど,むしろ,年金教育需要は低いことが明らかになった。年金理解度の低い人々が自発的に年金教育を需要することは見込みにくいため,仮に学校教育現場で年金教育を実施するのであれば,任意ではなく強制実施することが必要であると考えられる。
■キーワード
年金教育,年金リテラシー,年金問題
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 133 − 147
損害保険業界におけるコンプライアンスの展開
佐々木 修
■アブストラクト
コンプライアンスは,損害保険業界において,非常に重要な経営課題となっている。このため,相当の経営資源を投入し,創意工夫をしながら真摯に取り組み,今日では様々な活動を通じ,質の高い対応が行われている。また,コンプライアンスについては,継続的な取組みが重要であり,業界および各社における取組みを発展的に持続させ,業界全体として高いレベルのコンプライアンス態勢を維持していく必要がある。今後さらに必要となる業界のコンプライアンスへの取組みおよび課題としては,多様化したビジネスモデルや最新の法制度を踏まえた活動等の強化,共通化・標準化の推進,保険に関する教育の充実,新たな課題への対応が挙げられる。
■キーワード
コンプライアンス,法令等の遵守,独占禁止法
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 149 − 168
銀行の窓口販売による変額年金市場の拡大と縮小に係る考察
大塚 忠義
■アブストラクト
銀行窓販による変額年金市場は,規制緩和により急速に拡大し,リーマンショックに始まる金融危機のなかで消滅していった。この間の主要なプレイヤーの活動および業績の推移を分析することで,市場が拡大,縮小,消滅するまでの経緯をたどる。
変額年金販売の成功は,解禁直後に販売者に専用商品を提供するビジネスモデルを構築したこと,大幅な市場拡大は,ペイオフの解禁時に元本保証付変額年金を開発したことにあったと考えられる。
一方,市場の急激な縮小は,消費者が購入を控えたのではなく保険会社が販売を自制したためと考えられる。この間,商品の特性は大きく変わることなく,変わったのは販売する保険会社であった。
金融危機のなかで,銀行はリスクのほとんど無い元本保証付変額年金の販売継続を望んだと思われるが,一方で健全性が悪化した保険会社は,銀行との関係において,商品を改訂したり販売を抑制したりするのではなく,販売を停止することを選択した。これが変額年金市場消滅の要因であると考える。
変額年金販売の成功は,解禁直後に販売者に専用商品を提供するビジネスモデルを構築したこと,大幅な市場拡大は,ペイオフの解禁時に元本保証付変額年金を開発したことにあったと考えられる。
一方,市場の急激な縮小は,消費者が購入を控えたのではなく保険会社が販売を自制したためと考えられる。この間,商品の特性は大きく変わることなく,変わったのは販売する保険会社であった。
金融危機のなかで,銀行はリスクのほとんど無い元本保証付変額年金の販売継続を望んだと思われるが,一方で健全性が悪化した保険会社は,銀行との関係において,商品を改訂したり販売を抑制したりするのではなく,販売を停止することを選択した。これが変額年金市場消滅の要因であると考える。
■キーワード
銀行窓販,元本保証付変額年金,製販分離
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 169 − 188
金融ADRの今後の展開に関する考察
―損保ADRを中心に,豪州金融ADRも参考にして―
竹井 直樹
■アブストラクト
2010年10月に金融ADRの制度が発足し,以後1年半ほどの活動実績が明らかになった。今後の展開を考察するためには,そもそもADRとは何か,金融ADRとはどのような意義があるのかという論理的な検討が必要であり,例えば,裁判とはまったく異なる自主解決のための手続きであること,業界団体が大きな役割を担っていることなどが重要なポイントになる。また,ADRの先進国である豪州の金融ADRの実情も本考察には参考になり,苦情・紛争のプロセスに応じたシステマチックな体制整備や専門家集団の養成について,成熟度の高い仕組みが出来上がっている。今後の金融ADRと損保ADRの展開にあたっては,①苦情申立ての初期段階における手続きの再整備,②顧客側がADRの何たるかを理解することの重要性とその周知,③ADRの成熟化がビジネスモデルに与える好影響,そして④ ADRにおける事実認定問題の限界性と裁判との役割分担,の4点について検討を加える必要がある。
■キーワード
金融ADR 損保ADR 豪州金融ADR
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 189 − 208
Changes in Demographics and Response to Longevity Risks in Japan
Shigenori ISHIDA
■アブストラクト
The objective of this paper is to analysis public policies on the income security of the retired in Japan and point out some problems in comparison with public policies in U.S. and U.K. We would give suggestions for the policy to induce the demand for insurance products and individual annuities.
After the public pension reform 2004 in Japan, it is expected that the income replacement ratio and the percentage of the amount of benefit paid of total after-tax income of existing employees will decrease, as population aging progresses and the birthrate keeps declining.
It is crucial for us to supplement the reduced benefit of public pensions to keep the income level of the retired constant. I think it is effective for promoting the retirement saving to utilize tax expenditures.
In Japan, individual annuities and DC type plans are not prevailing owing to insufficient tax preferred treatments, especially comparing with the status in U.S. and U.K. We point out the tax expenditure budget in Japan is extremely unbalanced and biased toward tax exemptions of housing. I think it’s important to resolve this unbalance to induce people in work to preparing for post-retirement life properly. At the same time, it is most important to evaluate the tax expenditures to utilize the promotion of private pensions, individual annuities to overcome longevity risks in Japan.
After the public pension reform 2004 in Japan, it is expected that the income replacement ratio and the percentage of the amount of benefit paid of total after-tax income of existing employees will decrease, as population aging progresses and the birthrate keeps declining.
It is crucial for us to supplement the reduced benefit of public pensions to keep the income level of the retired constant. I think it is effective for promoting the retirement saving to utilize tax expenditures.
In Japan, individual annuities and DC type plans are not prevailing owing to insufficient tax preferred treatments, especially comparing with the status in U.S. and U.K. We point out the tax expenditure budget in Japan is extremely unbalanced and biased toward tax exemptions of housing. I think it’s important to resolve this unbalance to induce people in work to preparing for post-retirement life properly. At the same time, it is most important to evaluate the tax expenditures to utilize the promotion of private pensions, individual annuities to overcome longevity risks in Japan.
■キーワード
longevity risk, pension reform, tax expenditure
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 209 − 222
人身傷害保険をめぐる実務上の問題点
―裁判基準差額説のその後―
古笛 恵子
■アブストラクト
平成24年2月20日,最高裁は,人身傷害保険の代位の問題について裁判基準差額説の採用を明らかにした。本判決により代位の問題は一応の決着をみたが,人身傷害保険をめぐっては未だ残された実務上の問題は多く,むしろ訴訟による解決を前提とすることから新たな問題も顕在化している。本稿は誤解も含め現に実務で問題となっている点を紹介したうえ,個別具体的訴訟事案の解決として機能的なアプローチに寄り過ぎた感のある実務における解決の指針を,いま一度,人身傷害保険の本質に立ち返ることをもって探るものである。人身傷害保険は傷害損害保険であると解する。責任保険を補完する機能があるからといって責任保険そのものでも責任保険の裏返しでもない。あくまでも人保険である傷害保険の本質を有する損害保険である。そこで填補される損害は,有責加害者に対して請求しうる損害と重複するものの同じではない。あくまでも傷害による損害である。
■キーワード
人身傷害保険,傷害損害保険,無保険車傷害保険
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 223 − 242
ショッピングから見た保険商品の購買の異質性
鎌田 浩
■アブストラクト
消費者の購買意思決定において「購買関与」と「商品の判断力」は極めて重要な要因である。購買関与は「どこでどのように買うか」という購買チャネルの問題,商品の判断力は「何を買うか」という商品の問題と捉えられる。本稿では保険商品の購買をショッピングとして捉え,小売業の発想と取り組みを保険業にあてはめその違いを明確化する。消費者の購買意思決定プロセスを通じて,保険の商品特性と購買形態の違いから保険商品の購買の異質性を明らかにし,購買行動にもたらす影響を考察する。
今日,消費者は保険商品を購買するためにインターネットにアクセスし,あるいは来店型店舗を訪れる等多様なチャネルを求め,自らの購買関与を深めている。あらたな購買行動に適応した保険募集の取り組みが求められる。
今日,消費者は保険商品を購買するためにインターネットにアクセスし,あるいは来店型店舗を訪れる等多様なチャネルを求め,自らの購買関与を深めている。あらたな購買行動に適応した保険募集の取り組みが求められる。
■キーワード
保険商品の購買の異質性,保険ショッパー,購買関与
■本 文
『保険学雑誌』第618号 2012年(平成24年)9月, pp. 243 − 262