保険学雑誌 第649号 2020年(令和2年)6月

損害保険実務から見た保険法10年

―「保険給付の履行期」と「人身傷害保険の請求権代位」について―

森岡 圭

■アブストラクト

 保険法施行から10年。本稿は,同法施行が保険金支払実務に与えた影響について,特に影響が大きかった「保険給付の履行期」と「人身傷害保険における請求権代位」の2点について,その影響と今後の課題を実務家の視点から考察するものである。
 特に「人身傷害保険における請求権代位」の今後の課題については,立場により様々な見解がありうると思われるが,自動車保険を取り巻く広範な実務に影響が生じることが懸念され,慎重な検討が必要であると考える。

■キーワード

 損害サービス,履行期,請求権代位

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 3 − 12

直接請求権に関する問題と傷害保険における外来性

山本 哲生

■アブストラクト

 自賠責保険の直接請求権につき,損害賠償額が保険金額を超える場合でも損害賠償額と同額の権利であるとする考え方と,保険金額を限度とする権利であるとする考え方がありうる。この点は,直接請求権と損害賠償請求権の関係をどのようにみるか等とも絡んで,請求権代位による代位取得の範囲に影響する。また,被害者が複数いる場合の保険金の支払にも影響する。もっとも,結論としてはさほど大きな違いがあるわけではない。
 傷害保険における外来性につき,吐物誤嚥自体で外来性を肯定する判例の考え方に対しては批判が強い。しかし,外来性要件の機能は判断基準の明確化であるという見地からすれば,判例も合理的といえる。老齢等による身体機能の低下を原因とする事故をどう扱うかは問題になるが,これはそもそもそのような原因の事故が担保範囲に含まれると解するかどうかが必ずしも明らかではないことから生じる問題である。

■キーワード

 直接請求権,請求権代位,外来性

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 13 − 34

保険法制定後の監督規制の動向と私法上の課題

―生命保険実務の立場から―

遠山 優治

■アブストラクト

 保険法では,保険契約者等の保護のための規定の整備やモラルリスク等の防止のための規定の新設が行われたが,金融審議会でも保険法改正への対応について検討されており,また,保険法制定後も継続的に課題の検討が行われ,保険業法の改正等が行われている。その中には,保険法では対応が見送られた論点に関して新たな規制を設けるものがあり,さらに,翻って私法領域に新たな論点を提示するものも存在する。そこで,本稿では,保険法制定後の生命保険会社の実務を巡る監督規制の動向について振り返るとともに,私法(保険法)の観点からその現状と課題について検討する。

■キーワード

 不妊治療保険,直接支払いサービス,保険会社の責任

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 35 − 56

保険金受取人に関する規定の理論的課題とその検討

遠山 聡

■アブストラクト

 保険金請求権が保険金受取人の固有の権利として原始取得されるという通説・判例の考え方を前提とすれば,保険事故発生前の抽象的保険金請求権はどのように帰属していると考えるべきか。保険事故発生前において,保険契約者(兼被保険者)は保険金請求権を遺贈の対象とすることはできず,質権設定もできないと考えるのが整合的であるように思われるが,保険契約者は保険金受取人変更による絶対的な処分権限を有しており,保険金受取人はあくまでその変更が行われないことを前提とする弱い権利を有しているに過ぎないことから,保険金請求権の譲渡・質権設定,そして放棄という各処分行為を俯瞰すると,保険契約者による処分を相当程度認めることとなっており,必ずしも理論的に一貫していない。
 同様に,保険法は保険金受取人の変更に関して,法的安定性を重視して形式要件を明確化しているが,保険金受取人の変更,とりわけ遺言による変更が行われた場合の有効性をめぐる紛争では,保険契約者の意思を尊重する観点から柔軟な解決を図る余地も残されていないわけではなく,両者のバランスをいかに図るかは依然として重要な課題である。

■キーワード

 保険金請求権の処分,生命保険と相続,保険金受取人の変更

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 57 − 83

保険市場の変化

―過去10年と今後の展望―

植村 信保

■アブストラクト

 過去10年間の保険市場を振り返ると,商品面では際立った変化はなかったが,消費者が保険を購入する場とその状況は,保険会社から実質的に独立した販売チャネルの台頭と,ネット環境の普及によって大きく変化した。こうした変化を受けて,新たな保険募集の基本的ルールも創設された。ただ,第三分野商品の主力を占める終身医療保険では,相次ぐ新商品の登場で既契約が陳腐化し,自動車保険では,事故あり等級の導入で担保範囲の半強制的な縮減が行われるなど,市場の健全性に疑問を投げかける事象も生じている。技術革新の進展による影響も無視できない。保険会社と保険契約者の関係が従来と変わり,情報の非対称性が解消に向かう一方,保険会社による契約者情報の活用状況が重要となる方向性が見えてきた。契約者どうしでリスクをシェアするP2P保険のように,これまでの保険契約法では想定していないようなサービスも登場しつつある。

■キーワード

 保険契約法,保険募集の基本的ルール,インシュアテック

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 85 − 96

情報社会の急速な進展による保険制度における「信頼」の変容

―インシュアテックが保険制度における「信頼」に与える影響―

吉澤 卓哉

■アブストラクト

 保険は,その制度の性質上,信頼(トラスト)の存在を前提とする。そこで予定されている「信頼」とは,「保険者の保険契約者に対する信頼」と「保険契約者の保険者に対する信頼」から成る。けれども,従来の保険制度は,両信頼ともに充足されていないことを前提に構築されてきた。また,保険法学や保険経済学も,そうした状況を前提に研究がなされてきた。
 ところが,情報社会の進展によって,保険商品によっては両信頼が充足される状況が生じつつある。こうした状況変化を踏まえると,保険法学においても,保険経済学においても,従来の研究の前提条件が変わるものであるから,新しい研究方法や研究内容が求められていると言えよう。

■キーワード

 インシュアテック,情報社会,信頼

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 173 − 195

健康増進型保険が保険事業に与える影響について

安井 敏晃

■アブストラクト

 本格的な健康増進型保険がわが国で販売されてからすでに数年が経過している。この保険が登場した背景にはICTの発達により被保険の健康に関するデータの捕捉と分析が容易になったことがある。この保険が発達することにより謝絶体の減少と保険体の増加,危険標識の再考等の影響が考えられる。またITCの進展は今後,人保険におけるリスク細分化のあり方にも影響を及ぼすことになろう。

■キーワード

 健康増進型保険,リスク細分化,私保険

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 197 − 216

生命保険業界におけるインシュアテックの取組み等

武藤 伸行

■アブストラクト

 インシュアテックの活用が進むなか,生命保険会社各社は個人情報保護に配慮しつつ,様々なデータや分析技術等を駆使して,新たな商品やサービスの提供に取り組んでいる。
 第一生命グループにおいては,ヘルスケア領域,アンダーライティング領域,マーケティング領域において,イノベーションの創出に向けて,グループ横断的に取組みを推進している。例えば,ヘルスケア領域では,お客さまが健康なほど保険料が割り引かれる健康増進型保険商品や,健康増進・予防に資するスマートフォン向けのアプリを提供している。また,アンダーライティング領域では,医療ビッグデータの分析により保険の引受基準の緩和を実現している。
 生命保険業界のデジタライゼーション戦略の更なる推進にあたっては,電磁的方法による情報提供の選択肢を拡充する制度整備や,行政機関が網羅的に把握している個人データの適正な利活用が推進される制度整備の実現が期待される。

■キーワード

 フィンテック,健康増進型保険,デジタル化

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 217 − 232

韓国保険法の現況と課題

―韓国国会の活動および即時年金保険紛争の検討を中心として―

梁 奇珍,李 芝妍・訳

■アブストラクト

 本稿では韓国における最近の保険に関連する主要法の制定・改正内容を紹介し,進行中である満期払戻型の即時年金保険紛争に関する主要争点を検討した後,その改善方向を提示した。即時年金保険紛争の主な争点は約款の解釈および説明義務の履行に関するものである。従って,保険契約者をより実効的に保護するためには分かりやすい約款作成を求める約款法を厳正に遵守するように裁判所の認識を高める必要がある。また,保険契約の締結時に相手方である顧客の理解を高めるために作成・提供される重要商品説明書の作成方法に関連してより詳細な基準を提示する必要がある。それだけでなく,2020年3月24日に制定された金融消費者保護法が導入した画期的な金融消費者保護規制に加えていくつかの制度的補完策の導入を検討する必要がある。

■キーワード

 即時年金保険,約款の明示・説明義務,金融消費者保護法

■本 文

『保険学雑誌』第649号 2020年(令和2年)6月, pp. 267 − 292