保険学雑誌 第610号 2010年(平成22年)9月
金融危機とわが国の生命保険事業
江澤 雅彦
■アブストラクト
米国の住宅バブルを前提としたサブプライムローン・ビジネスにおいて,住宅ローン債権の証券化は,そのリスクを国境,業態を越えて拡散させ,またハイ・レバッレッジ経営はその拡散スピードを増加させた。そしてバブルの崩壊=住宅価格の下落により,AIG は,証券化商品の価値下落,CDS 取引にもとづく保証金の請求急増という状況の中,準国有化に追い込まれた。またそうした米国発金融危機は,わが国の生保事業にも資産運用環境の悪化をもたらし,さらに商品販売においては特に変額年金保険の分野で問題を生じさせた。
■キーワード
サブプライムローン,AIG 準国有化,変額年金保険
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 1 − 16
仏教系生保の破綻について
―日宗生命破綻を中心に―
深見 泰孝
■アブストラクト
わが国では,明治20年代後半から30年代にかけて,世界の保険業史上でも珍しい,宗教教団が関与した生命保険会社が設立された。しかし,そのほとんどは明治期に破綻や解散,合併によって,その歴史に幕を閉じている。これらの中には,教団が設立や経営に関与したものと,僧侶個人が関与した会社がある。本稿では,このうち前者の破綻理由に,教団が関係しているが故の破綻要因があったのではないかと仮説を立て,日宗生命を中心に六条生命,真宗信徒生命と比較し分析した。その結果,経営者の教団内での地位の高さが,彼らの規律づけを困難にし,一般の事業会社とは異なり,出資比率の多寡だけでなく,宗教的な地位や教団内での地位が発言力に影響していたことも破綻の一因であると結論づけた。
■キーワード
経営破綻,ガバナンス,仏教系生保
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 17 − 36
中国農村部における社会保障の課題および解決策
王 艶莉
■アブストラクト
中国農村部の社会保障制度は市場経済導入の対策の一環として改革の取り組みを進めている。しかし,制度の改革は社会保障の機能が十分に果されていないために,農民の生活がさまざまな危険にさらされている。本稿は財政の視点からその機能が発揮されていない原因を分析した。また,医療保険制度の整備を先行することが,社会保障制度全体の整備の課題を解決する鍵になっていることを分析した。さらに,多元的な保障体系の確立が必要であり,そこで,日本の農協共済事業の検討が重要な意義をもっていると考えられる。
■キーワード
社会保障の役割,社会保険,財政
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 37 − 56
火災保険契約における故意の事故招致に関する一考察
―保険契約者の免責を中心として―
西原 慎治
■アブストラクト
商法641条後段(保険法17条本文)の適用を巡っては,保険契約者と被保険者とで保険者が免責をされる趣旨は異なるものと解する。被保険利益を有する被保険者は,保険事故の発生にとって経済的利益を享受する者であるために,保険事故の原因事実の惹起行為そのものに免責の根拠が認められるが,これに対して保険契約者の場合には,被保険者に保険金を取得させようという意思の中に免責の根拠が認められる。したがって,商法641条後段ならびに保険法17条本文との整合的な解釈を行うのであれば,保険契約者と被保険者との間の「密接な関係」によって保険契約者が被保険者に保険金を取得させようという「第三者(被保険者)への詐取させる意図」があったと推定させることとなり,保険契約者の側でこれに対する反証が挙げられない限り,保険者免責の効果が及ぶこととなるのである。
■キーワード
故意の事故招致,保険者の免責,商法641条(保険法17条)
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 57 − 74
新型インフルエンザ対策とリスク処理
羽原 敬二
■アブストラクト
現在,新型インフルエンザ対策は,国際機関,国,地方自治体,企業,医療機関,個人などによって各々計画・準備されている。その目的は,①パンデミック発生の予防・阻止,遅延,②健康被害の抑止と最小限化,③社会活動・社会機能の維持,④パンデミック終息後の被害からの早期回復,である。新型インフルエンザウイルスの脅威と実態を正しく認識し,適切な対策をいかに有効に実施するかが課題となる。感染症が海外で発生・流行した場合,国内への侵入を阻止する水際対策には盲点があり,検疫をいかに強化しても,それだけで国内発生を完全に阻止することはできない。パンデミック時には,不要不急な業務は極力休止し,重要な業務に絞って,感染予防対策を徹底した上で事業を継続することが必要となる。地球的規模での国家危機管理の認識に立って,国際的な協働・協力態勢に基づき,状況に応じた柔軟な感染症対策をより戦略的に実行する方策について考察した。
■キーワード
パンデミック,BCP(Business Continuity Plan),感染リスク
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 75 − 92
保険契約上の権利の担保的譲渡と保険金受取人の法的地位
桜沢 隆哉
■アブストラクト
保険契約上の権利の担保的利用は,損保・生保を問わず,今日では広く行われているが,これを保険金受取人の地位を中心としてみた場合には,そこには保険契約者,その債権者をはじめ多くの利害関係者がひしめきあう状況にある。本稿では,こうした利害対立状況について,保険金受取人の地位を中心にいくつかの問題を採り上げ考察し,その調整法理を模索するものである。
■キーワード
保険契約上の権利の担保,保険金受取人の地位,保険金請求権
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 93 − 112
イギリスの社会保障及び福祉の現代化
樫原 朗
■アブストラクト
サッチャー時代の終わりに福祉国家の終焉がいわれた。幾回もの総選挙に大敗した労働党は旧労働党の考え方を捨て,新労働党として新しい考え方のもとに建て直しを考えた。それが福祉国家の再形成であるが,ブレアなどの求めたものはニューライトの考え方でも旧労働党の考え方でもない「第三の道」であった。そして単なる福祉ではなく「福祉から就労へ」をかかげた。それがニューディールであった。そのための制度の合理化などを「現代化」と呼んだ。社会保障・福祉などの対策の文献には「現代化」や「新」がつけられた。それは考え方を基本的に変えるものであった。有給の就労を奨励し,障害等のために働きえない人に社会保障を提供すべきだと考えた。社会保障等は単に「権利」ではなく「責任」をともなうとの考え方をうちたてた。その一方で,収入の少ない人や働いているが,貧困な人や児童に租税クレジット(Tax Credit)を与えることとした。
■キーワード
現代化,権利と責任のバランス,条件つき福祉国家
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 113 − 132
ロイズのコーポレートガバナンス
―新生ロイズの復活と変貌について―
杉野 文俊
■アブストラクト
ロイズ危機を経て,ロイズは従前のロイズとは似て非なるものとなった。ロイズ危機も,その後の復活と躍進もコーポレートガバナンスと強く関係している。ロイズにおけるガバナンスの歴史は,伝統的な「会員自治」の時代,「規制監督」の時代,および「マネジメント」の時代に区分することができる。ロイズが近年その存在感を高めているのは,ガバナンスの軸足を「規制監督」から「マネジメント」へとシフトしたことによるところが大きい。それは法人メンバーが太宗を占めるようになったこと,FSA の規制下に入ったことなどと軌を一にするものである。その特徴は「株主価値最大化主義」モデルの範疇に属するものであること,「ベストプラクティスが市場のスタンダードとなるよう規律付ける」ものであること,すなわちコーポレートガバナンスを単なる「不祥事の防止」とは捉えていないこと,そして自主規制と公的規制のバランスがとれていることである。
■キーワード
会員自治,規制監督,マネジメント
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 133 − 152
損害保険における事故内容の不実申告について
原 弘明
■アブストラクト
損害保険約款における事故内容の不実申告免責規定は,保険契約者・被保険者に有利に改定されたものの,なお保険法の片面的強行規定との関係で問題を残しているとも評価しうる。
本稿では,自動車保険に関する福岡高裁平成20年1月29日判決を手がかりに,従来の約款規定の問題点は,被保険者の個性を問わず一律に全部免責とする効果が過大であったことと,故意の事故招致を理由とした免責が認められなかった場合のセービング・クローズとしての裁量的運用にあったと分析した。
その上で,約款立法論としては,不実申告者たる被保険者と他の被保険者とを区別して厳格な運用を実現するとすれば,不実申告全部免責を規定することは現行法上も可能であるとした。
本稿では,自動車保険に関する福岡高裁平成20年1月29日判決を手がかりに,従来の約款規定の問題点は,被保険者の個性を問わず一律に全部免責とする効果が過大であったことと,故意の事故招致を理由とした免責が認められなかった場合のセービング・クローズとしての裁量的運用にあったと分析した。
その上で,約款立法論としては,不実申告者たる被保険者と他の被保険者とを区別して厳格な運用を実現するとすれば,不実申告全部免責を規定することは現行法上も可能であるとした。
■キーワード
損害保険,不実申告,保険法
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 153 − 166
標準約款の改定
堀川 泰彦
■アブストラクト
約一世紀振りに商法の保険契約に関する規定が全面的に改正され,独立の法律,「保険法」として本年4月1日から施行された。保険法の下では,保険者は,保険契約者保護の確実を期すため新たに法定された片面的強行規定との整合性に十分に留意した保険約款を作成・使用することが求められる。本稿では,標準約款の保険法対応を中心に平成21年改定の概要を紹介する。
■キーワード
片面的強行規定,不当条項規制,保険約款のあり方
■本 文
『保険学雑誌』第610号 2010年(平成22年)9月, pp. 167 − 186