保険学雑誌 第647号 2019年(令和元年)12月
農村および地方都市住民の保険・共済の加入動向
—アンケート調査に基づく分析—
岩井 信幸,万木 孝雄
■アブストラクト
農村および地方都市住民の保険・共済の加入に関して,筆者独自のものと生命保険文化センターによるアンケートを利用し,記述統計および計量モデルによる分析を行い,両者の結果を比較した。
まず記述統計の分析では,JA共済加入者の属性について,農村地域の居住者,特に農業従事者に,保険・共済商品(生命,自動車,自宅建物)を横断してJAのみから購入する人が多数いることが確認された。
次に入れ子型ロジットモデルの分析により,第1段階では農村居住者および農業者が「JA共済に加入し」,第2段階では農業者が「JA共済のみを選択する」傾向が出現した。また第1段階で所得の高い人は「JA共済の商品を購入しない」,第2段階で年齢の高い人は「JAとその他団体の商品を混ぜて購入する」傾向もみられた。
従来は,JAの利用者は様々な共済商品をJAのみを通して購入することが多かったが,今後は商品ごとの選別や競争が高まることが予想される。
まず記述統計の分析では,JA共済加入者の属性について,農村地域の居住者,特に農業従事者に,保険・共済商品(生命,自動車,自宅建物)を横断してJAのみから購入する人が多数いることが確認された。
次に入れ子型ロジットモデルの分析により,第1段階では農村居住者および農業者が「JA共済に加入し」,第2段階では農業者が「JA共済のみを選択する」傾向が出現した。また第1段階で所得の高い人は「JA共済の商品を購入しない」,第2段階で年齢の高い人は「JAとその他団体の商品を混ぜて購入する」傾向もみられた。
従来は,JAの利用者は様々な共済商品をJAのみを通して購入することが多かったが,今後は商品ごとの選別や競争が高まることが予想される。
■キーワード
農村地域の保険加入動向,JA共済,入れ子型ロジットモデル
■本 文
『保険学雑誌』第647号 2019年(令和元年)12月, pp. 1 − 26
Earthquake Commission Actの改正
—ニュージーランド・クライストチャーチ地震の衝撃—
黒木 松男
■アブストラクト
2011年(平成23年)2月22日にニュージーランドのクライストチャーチを襲った大地震は,大きな人的被害や物的被害を生じさせ,ニュージーランドで自然災害担保を提供してきたEarthquake Commission(EQC:地震委員会)に対しても大きな衝撃を与えることになった。すなわち,クライストチャーチ地震におけるEQCの支払った地震保険金の金額は,85億NZドル(1NZドル≒70円として,約5,950億円)に達した。EQCが長年積み立ててきた自然災害基金は,クライストチャーチ地震発生時には,56億NZドル(約3,920億円)になっていたが,自然災害基金は枯渇し,他の支払原資となった再保険金などが使用された。その結果,ニュージーランドの自然災害担保を今後も存続させるという制度的持続可能性がクライストチャーチ地震直後から議論され始めた。
その検討から4年後の2015年,ニュージーランド政府は,Earthquake Commission Act 1993の改正案を公表し,2019年2月18日に改正法は成立した。それによると,①EQCは住宅建物敷地や建物への通路の担保を拡大し住宅建物担保に特化し,家財担保から撤退し,家財担保は民間保険会社に全面的に任せること,②住宅建物の担保の上限限度額を,10万NZドル(約700万円)を15万NZドル(約1,050万円)に引き上げること,③EQCと民間保険会社の保険金請求の1本化など連携を密にすること,④保険金請求期間を災害時から3ヶ月間から2年間に延長すること,⑤自然災害保険料の保険料率を引き上げることなどが改正された。
2019年2月18日に改正されたEarthquake Commission Actは,同日施行の条文,同年7月1日施行の条文,2020年7月1日にその他の条文のすべてが施行される。本稿は,成立した改正法の改正内容を検討考察するものである。
その検討から4年後の2015年,ニュージーランド政府は,Earthquake Commission Act 1993の改正案を公表し,2019年2月18日に改正法は成立した。それによると,①EQCは住宅建物敷地や建物への通路の担保を拡大し住宅建物担保に特化し,家財担保から撤退し,家財担保は民間保険会社に全面的に任せること,②住宅建物の担保の上限限度額を,10万NZドル(約700万円)を15万NZドル(約1,050万円)に引き上げること,③EQCと民間保険会社の保険金請求の1本化など連携を密にすること,④保険金請求期間を災害時から3ヶ月間から2年間に延長すること,⑤自然災害保険料の保険料率を引き上げることなどが改正された。
2019年2月18日に改正されたEarthquake Commission Actは,同日施行の条文,同年7月1日施行の条文,2020年7月1日にその他の条文のすべてが施行される。本稿は,成立した改正法の改正内容を検討考察するものである。
■キーワード
クライストチャーチ地震,自然災害保険,Earthquake Commission
■本 文
『保険学雑誌』第647号 2019年(令和元年)12月, pp. 27 − 42
盗難自動車による事故と責任保険
—近時の裁判例を題材として—
村山 琢栄
■アブストラクト
盗難自動車の窃取者による運転(泥棒運転)で事故が生じた場合に,窃取者のみならず車両所有者が被害者に賠償責任を負うことがある。車両窃取者が事故後行方不明となったり十分な資力がない等の事情から,被害者にとって車両所有者が被害者に賠償責任を負うか否かは重要な関心事となる。
車両所有者の賠償責任の発生原因として,運行供用者責任(自賠法3条)と不法行為責任(民法709条)があるが,自賠法3条は他人の生命または身体を害したときしか適用がない。物件事故の場合,被保険者である車両所有者に管理上の過失があったとしても,その後の窃取者の運転により必ず事故が起こるというわけではないから,過失行為と損害との相当因果関係の判断は容易ではない。
泥棒運転については多くの先行研究があるが,運行供用者責任に関するものが多く,不法行為責任に関するものは必ずしも多くないように思われる。盗難車両による物件事故の不法行為責任が問題となった裁判例を題材として,運行供用者責任と対比しながら,車両所有者の不法行為責任と相当因果関係の判断のあり方や派生する問題点についての検討を行った。また,自動運転技術の発展と泥棒運転による事故との関係についても検討した。
車両所有者の賠償責任の発生原因として,運行供用者責任(自賠法3条)と不法行為責任(民法709条)があるが,自賠法3条は他人の生命または身体を害したときしか適用がない。物件事故の場合,被保険者である車両所有者に管理上の過失があったとしても,その後の窃取者の運転により必ず事故が起こるというわけではないから,過失行為と損害との相当因果関係の判断は容易ではない。
泥棒運転については多くの先行研究があるが,運行供用者責任に関するものが多く,不法行為責任に関するものは必ずしも多くないように思われる。盗難車両による物件事故の不法行為責任が問題となった裁判例を題材として,運行供用者責任と対比しながら,車両所有者の不法行為責任と相当因果関係の判断のあり方や派生する問題点についての検討を行った。また,自動運転技術の発展と泥棒運転による事故との関係についても検討した。
■キーワード
泥棒運転,運行供用者責任,相当因果関係
■本 文
『保険学雑誌』第647号 2019年(令和元年)12月, pp. 43 − 68
重過失免責
—損害保険関係の裁判例の検討—
結城 亮太
■アブストラクト
重過失免責については,保険法制定に伴う約款改訂により,損保の傷害保険と生保の災害関係特約の不統一が解消され,損保内でも傷害保険と自動車保険の人身傷害保険の文言の統一が図られた。
民事上の重過失については,昭和32年最判が失火責任法の「重大ナル過失」を「ほとんど故意に近い注意欠如の状態」と解しており,保険法上の重過失についても,養老生命共済契約の免責事由たる「重大な過失」に関する 昭和57年最判の調査官解説は判例上重大な過失の意義は確立されているとする。
もっとも,保険法上の重過失の意義については,様々な学説があり,下級審裁判例も昭和32年最判の立場を踏襲するものばかりではない。
約款改訂後に免責事由たる「重大な過失」が争われた傷害保険及び人身傷害保険の裁判例を検討すると,故意の間接状況証拠は認められないが,保険者を免責すべきと思われる事案も存在することから,通常の意味での重過失と解すべきである。
民事上の重過失については,昭和32年最判が失火責任法の「重大ナル過失」を「ほとんど故意に近い注意欠如の状態」と解しており,保険法上の重過失についても,養老生命共済契約の免責事由たる「重大な過失」に関する 昭和57年最判の調査官解説は判例上重大な過失の意義は確立されているとする。
もっとも,保険法上の重過失の意義については,様々な学説があり,下級審裁判例も昭和32年最判の立場を踏襲するものばかりではない。
約款改訂後に免責事由たる「重大な過失」が争われた傷害保険及び人身傷害保険の裁判例を検討すると,故意の間接状況証拠は認められないが,保険者を免責すべきと思われる事案も存在することから,通常の意味での重過失と解すべきである。
■キーワード
重大な過失,故意の代替概念,著しい不注意
■本 文
『保険学雑誌』第647号 2019年(令和元年)12月, pp. 69 − 99
公的介護保険制度の持続可能性と自治体間差異
菊地 雅彦
■アブストラクト
公的介護保険制度は,介護を社会全体で支えあう仕組みとして2000年に施行されたが,高齢化率の高まりにより制度の財源に限界が見え始めている。
本稿では,将来の人口推計を基に要支援・要介護認定者数の推移を予想し,将来的に公的介護保険制度の財政収支が成り立つのか検証を行った。現在の介護保険制度に則り3年毎に介護保険料を見直した場合でも2029年に財源が限度額を超える結果となった。制度を持続させる為には介護保険料や制度利用に伴う自己負担額を現状の水準より大きく増加させるか,介護サービスを利用した際の給付支払額を抑制しなくてはならない。
各自治体における介護サービス利用の給付支払済額が異なることから要因の分析を行った。給付支払済額が大きい市町村は人口規模が小さく施設介護サービス利用者の割合が大きい結果となった。給付支払額抑制のためには,居宅介護サービスを維持しながら,介護と居宅が近接した街づくりが望まれる。
本稿では,将来の人口推計を基に要支援・要介護認定者数の推移を予想し,将来的に公的介護保険制度の財政収支が成り立つのか検証を行った。現在の介護保険制度に則り3年毎に介護保険料を見直した場合でも2029年に財源が限度額を超える結果となった。制度を持続させる為には介護保険料や制度利用に伴う自己負担額を現状の水準より大きく増加させるか,介護サービスを利用した際の給付支払額を抑制しなくてはならない。
各自治体における介護サービス利用の給付支払済額が異なることから要因の分析を行った。給付支払済額が大きい市町村は人口規模が小さく施設介護サービス利用者の割合が大きい結果となった。給付支払額抑制のためには,居宅介護サービスを維持しながら,介護と居宅が近接した街づくりが望まれる。
■キーワード
公的介護保険制度,持続可能性,自治体間差異
■本 文
『保険学雑誌』第647号 2019年(令和元年)12月, pp. 101 − 131
規約上の自動更新条項と更新拒否条項
—一律掛金・一律保障の共済を中心に—
坂本 貴生
■アブストラクト
大規模生協共済の共済契約の特色は,一律掛金,一律保障であり,共済契約の期間は1年間であるものの,規約上,自動更新により,原則として更新される。この種の共済契約数は,3,000万を超えている。
かかる契約数であるため,自動更新条項の有効性は,重大な問題である。契約者による更新の意思表示が擬制されるため,消費者契約法10条・改正民法の不当条項該当性が問題になるものの,掛金の変更がないなど契約者への不利益は大きくないうえ,任意解約などによる回避措置もとることができる。したがって,これらの後段要件該当性は認められず,自動更新条項は有効である。
更新拒否条項は,重大事由解除の片面的強行規定に抵触せず,有効であるものの,共済契約は継続的契約であり,更新拒否は契約者への不利益は大きいため,更新拒否には信義則上「正当な事由」が要求される。
かかる契約数であるため,自動更新条項の有効性は,重大な問題である。契約者による更新の意思表示が擬制されるため,消費者契約法10条・改正民法の不当条項該当性が問題になるものの,掛金の変更がないなど契約者への不利益は大きくないうえ,任意解約などによる回避措置もとることができる。したがって,これらの後段要件該当性は認められず,自動更新条項は有効である。
更新拒否条項は,重大事由解除の片面的強行規定に抵触せず,有効であるものの,共済契約は継続的契約であり,更新拒否は契約者への不利益は大きいため,更新拒否には信義則上「正当な事由」が要求される。
■キーワード
大規模生協共済,自動更新条項,更新拒否条項
■本 文
『保険学雑誌』第647号 2019年(令和元年)12月, pp. 133 − 154
保険のモデル空間とその限界について
大森 義夫
■アブストラクト
本稿は個人保険を念頭に置いて,保険のモデル空間(P=w×S)とその限界について考察したものである。その背景には人工知能等を用いたデータサイエンスにより,各人が自己の保険事故発生率と保険者の用いるそれとを比較可能な状況になるとの認識がある。
先ず,第一点は利用者の観点から保険商品のプライシングに対する利用者の不満や認識の差異である。これは事前に測定する集団の事故発生率を将来にわたって,個々の契約に対応する事故発生確率とすることに起因する。これを解消するには事前の事故発生率が事後の事故発生率の逆確率との差異が一定の許容範囲に収まっていることが必要であること示す。
第二点は,保険商品の不確定性等と金融商品の偶然性との相違について市場の完備性の有無の観点から考察する。即ち,保険市場の非完備性は契約者側と保険者側とにある情報の非対称性や逆選択によって,逆確率の収束先がもとの元の確率とはならないことによる。この点が金融市場の完備性とは異なっている。更に,保険の事故率は過去の観察から計算された平均であるため,将来の社会変化に耐えられないことを示す。
第三点は,保険の不確定性等が利用者により異なっていることに起因する利用者の不満を和らげる方策である。この手段はデータサイエンスの力を借りて,被保険体の異質化を進め,保険料率の細分化を図ることである。しかしながら,保険者はたえず,社会の変化,進展により,この細分化保険料率が適正であるか,検証しなければならない。このような限界を抱えている空間が保険空間の特色である。
先ず,第一点は利用者の観点から保険商品のプライシングに対する利用者の不満や認識の差異である。これは事前に測定する集団の事故発生率を将来にわたって,個々の契約に対応する事故発生確率とすることに起因する。これを解消するには事前の事故発生率が事後の事故発生率の逆確率との差異が一定の許容範囲に収まっていることが必要であること示す。
第二点は,保険商品の不確定性等と金融商品の偶然性との相違について市場の完備性の有無の観点から考察する。即ち,保険市場の非完備性は契約者側と保険者側とにある情報の非対称性や逆選択によって,逆確率の収束先がもとの元の確率とはならないことによる。この点が金融市場の完備性とは異なっている。更に,保険の事故率は過去の観察から計算された平均であるため,将来の社会変化に耐えられないことを示す。
第三点は,保険の不確定性等が利用者により異なっていることに起因する利用者の不満を和らげる方策である。この手段はデータサイエンスの力を借りて,被保険体の異質化を進め,保険料率の細分化を図ることである。しかしながら,保険者はたえず,社会の変化,進展により,この細分化保険料率が適正であるか,検証しなければならない。このような限界を抱えている空間が保険空間の特色である。
■キーワード
逆確率の原理,市場の完備性,非エルゴード的
■本 文
『保険学雑誌』第647号 2019年(令和元年)12月, pp. 155 − 172