保険学雑誌 第604号 2009年(平成21年)3月

自由化後10年の検証:問題提起

―平成20年度大会シンポジウム―

総合司会 山下 友信

■アブストラクト

 この「問題提起」では,「自由化後10年の検証」という本シンポジウムの目的を明らかにする。自由化の大きな曲がり角であった平成7年の新保険業法の制定の基礎となった平成4年の保険審議会答申が自由化・規制緩和について述べていた箇所を紹介し,それらがその後どのように展開されていったかが4名の報告者により多角的に分析されることを明らかにする。

■キーワード

 自由化,規制緩和,新保険業法

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 1 − 4

保険自由化の評価と消費者利益

―損害保険業を中心に―

堀田 一吉

■アブストラクト

 戦後保険業に大きな影響をもたらした「護送船団行政」は,保険市場の安定的成長を保証してきた一方で,保険市場に非効率を生じさせる要因でもあった。その弊害を改め,保険自由化・規制緩和への政策転換が図られた。保険自由化後の保険市場をみると,①代理店販売チャネル改革,②市場集中化・寡占化,③損害率の上昇,経費率の減少,④料率競争の進行,⑤国内事業収益の相対的低下と海外事業進出への動き,などに顕著な変化が見られる。しかし,保険自由化は,全体として消費者利益の増大をもたらしたが,その配分は均等に及んだわけではなく,利益を享受できる者と,不利益を強いられる者とが明確に選別された。本稿では,保険自由化が保険業(とくに損害保険業)に及ぼした影響について,主として消費者利益の観点から評価をしつつ,今後の保険業の課題を述べる。

■キーワード

 保険自由化,構造変化,消費者利益

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 5 − 24

戦後型保険システムの転換

―生命保険の自由化とは何だったのか? ―

米山 高生

■アブストラクト

 生命保険の自由化とは,戦後型保険システムが新しい保険システムに転換する過程で生じた出来事である。前者のシステムの目的は,少し高い価格であっても競争を組織化することによって契約者に対して安心できる保険サービスを提供することであり,後者のシステムの目的は,自由競争で効率性を高めた企業の剰余を価格競争によって消費者に還元することである。
 システムの転換を決定づけたのが,改正保険業法であった。しかし,損害保険自由化がカルテル料率の廃止という明確なメルクマールをもっているのに対し,生命保険自由化を具体的かつ明確に解明した文献は管見のかぎり存在しない。本稿は,業務規制,価格規制,商品規制,チャネル規制という四つの規制の自由化を具体的に明らかにし,あわせて自由化のもたらした課題を検討した。その結果,新しいシステムが制度設計の目的どおりに十分機能するためには,いくつかの課題が残っていることを明らかにした。

■キーワード

 生命保険,自由化,改正保険業法

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 25 − 44

保険自由化10年と消費者問題

上柳 敏郎

■アブストラクト

 保険自由化10年は,保険商品の多様化や業者間競争の変容等をもたらし,消費者利便を向上させた面とともに,かえって混乱を招いた面や期待された消費者利益に結びついていない面がある。開示面での改善も,いまだ消費者が十分に活用できるものとは言い難い。他方,変額保険被害や,保険会社の破綻,保険金の不払い等が顕在化し,消費者の不信は深まってきたともいえる。
 現行勧誘規制の実効性の検証や販売体制のあり方の検討が必要である。その際,不招請勧誘禁止論の問題意識をふまえる必要がある。勧誘規制の中核は適合性原則であるが,顧客調査義務(ノウ・ヨア・カスタマー)とともに,商品調査義務(ノウ・ヨア・プロダクト)が強調されるべきである。消費者からの信頼を回復するために,プーリング機能に純化(アンバンドリング)したもののみを保険と呼称して不招請勧誘禁止を解除する等,創意工夫が求められていると考える。

■キーワード

 不招請勧誘の禁止,適合性原則,保険の定義

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 45 − 60

保険会社経営の健全性確保について

植村信保

■アブストラクト

 この10年間で保険会社経営の健全性を確保する枠組みは,いわゆる「護送船団」方式から,「自己規律」「行政による規律」「市場規律」の組み合わせへと大きく変わった。ただ,平成生保危機で破綻した生保の経営内部を調査したところ,いずれの規律もうまく機能しなかったことがわかった。現在でもソルベンシー・マージン比率等の健全性規制,保険会計やディスクロージャーなどには依然として改善の余地がある。とはいえ,ここにきて規制の見直しや新たな経営指標を開示する動きも進んでいる。他方,破綻生保ではコーポレートガバナンスが十分でなかったことが破綻リスクを高めたと考えられる。このため,経営組織の見直しなどガバナンス面を強化する取り組みが非常に重要である。

■キーワード

 ソルベンシー・マージン比率,ディスクロージャー,コーポレートガバナンス

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 61 − 74

損害保険料のクレジットカードによる支払いについて

―保険料支払方法における普遍的要素との適合性―

濱田 裕介

■アブストラクト

 今日,損害保険契約の申込みの際に,保険契約者が選択できる保険料支払方法は多様化している。その中で,クレジットカードによる保険料の支払いは,その決済手段固有の機能を活用した契約締結手続き等に関する一連の業務が,合理化・効率化に主眼を置く損害保険会社の事業戦略と合致したこと,および,クレジットカードが個人商取引における決済手段として,その市場規模の拡大を続けたことを主たる要因として,損害保険市場における家計保険分野の保険料支払方法として一定の普及をみている。
 そして,クレジットカード払いの保険料支払方法としての性質は,損害保険制度の機能発揮と保険契約者の合理的期待に適う普遍的要素を持ち合わせていると判断できる。

■キーワード

 クレジットカード,保険料支払方法

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 107 − 123

英国企業年金政策の展開

―企業年金基金の健全性確保のための公的規制の概要―

髙﨑 亨

■アブストラクト

 本稿は,英国の企業年金政策の展開を概観する。具体的には年金受給権保護のための公的規制の考察を目的とし,わが国への示唆を得るものである。
 英国の企業年金制度も,わが国と同様に設立が任意である。ゆえに労使間の合意と責任によって成立しているが,あわせて国家による規制がなされている。このことは年金受託者による不適切な資産管理によって基金が破綻し,司法裁判所による事後救済だけでは年金制度の維持・受給者の利益保護に不十分であったという,歴史的経験に学んだことに由来する。
 本稿で採り上げた英国の規制は受託者責任を前提としており,企業年金基金の健全性確保のための事前介入を制度化している。わが国の企業年金政策の方向性として英国の制度は参考になるものと評価できる。

■キーワード

 企業(職域)年金制度,受託者責任,年金監督官

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 125 − 143

韓国保険業界の現況と課題

―損保社の資産運用を中心に―

徐胤碩

■アブストラクト

 韓国の損保社は保険営業利益の改善を2008年度の最優先の課題として策定している。しかし競争の激化は保険料の引下競争につながっている。従って今後の保険営業利益は低下するだろう。保険営業により利益の改善が容易ではなければ,資産運用利益を上げることに関心を高める必要がある。損保社がこのような問題を解決し,激しい競争の環境下で生き残るためには,資金調達と資金支出を同時に考える総合的な資産運用システムを構築する必要がある。実務的には資産運用プロセスで全社的な目標一致が必要となる。資産別投資方策としては,低評価になっている国内株式の投資を増やす必要がある。韓国企業の財務健全性は改善されたので会社債の投資比重を高めるのも望ましい。海外の株式や不動産投資なとも投資運用利益を高める一つの方策として考えられる。

■キーワード

 資産運用,投資運用利益,期待利益

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 145 − 164

保険契約の会計基準による経済的影響の予測

上野 雄史

■アブストラクト

 本稿では,IASB の方向性と既存のGAAP との相違点を明らかにした上で,IASB が提案する保険契約の会計基準が適用された場合の経済的な影響を予測し,考察した。既存の保険会社のGAAP は保険会社の資金提供者である保険契約者を保護する機能を持っている。つまり,情報提供機能よりも利害調整目的が重視されてきた。わが国の保険会社は北本(1974)が「超保守性」といったように,諸外国(特にアングロサクソン諸国)よりも一層保守的な会計慣行が容認されてきた。IASB は保険会社(保険契約)のGAAP についての基準設定を進めており,その中で保険負債を公正価値測定により行うモデルを提示している。保険契約の会計基準は保険会社を一般の企業と同じ競争のフィールドに置くことを意味する。保険会社のあり方そのものを変えることが求められるといっても過言ではないであろう。

■キーワード

 公正価値測定,GAAP,SAP

■本 文

『保険学雑誌』第604号 2009年(平成21年)3月, pp. 165 − 184