保険学雑誌 第667号 2024年(令和6年)12月
メタバース・ワールドにおけるアバターの法的地位と法創造
—保険契約の法的可能性の研究—
肥塚 肇雄
■アブストラクト
VRゴーグル(VRHMD)を装着したときに展開されるメタバース・ワールドは,リアル・ワールドの物理的制約から解き放たれたデータで構成された異次元の空間である。メタバース・ワールドにおいて活動するアバターは,リアル・ワールドから解き放たれた存在として創造され得る。メタバース・ワールドにに適用されるルールの内容は自由に創り出すことができる。これはメタバース・ワールドの法創造機能というべきものである。この法創造機能に基づいてアバターに法人格を与えることも可能である。メタバース・ワールドはデータから成り立っていて,法令上「人」と「物」との区別が存在しないが,メタバース・ワールドの法創造機能を発揮させあるべき保険契約を考察した場合,リアル・ワールドにおける保険契約と異なり,生命保険と損害保険の区別はないが,利用規約の効果を通じて,自由な内容の保険契約を開発することが法的に可能であるように思われる。
■キーワード
メタバース,アバター,法創造機能
■本 文
『保険学雑誌』第667号 2024年(令和6年)12月, pp. 1 − 30
保険業のDXと国際的な規制監督の動向
上野 雄史
■アブストラクト
本論では,保険業のDigital Transformation(DX)および国際的な規制監督の動向を概観し,今後のわが国における保険業のDXの課題を明らかにした。DXはデジタル変革の概念であり,変革を進めるための枠組み(フレームワーク)でもある。DXの主体を「人間・社会」もしくは「企業・組織」のいずれかに置くかで,その捉え方も異なっている。保険業におけるDX化として,特に効果が見込まれるのはビッグデータ分析(BDA)である。AIと組み合わせたBDAの活用により,リスク評価を精緻化でき,保険料の設定を柔軟に行うことが可能となり,パーソナライズされた保険商品を提供できる。DXに限らず新しい科学技術の適用においては,「ウェルビーイング」と「価値創造」の両立が課題になり,企業・組織の論理に基づき「価値創造」が優先されることがある。EIOPAは,第一に考えるべきは「人間・社会」と位置づけ,個人の幸福,人権,権利が阻害されない形でのDXが望まれることを明確にしている。わが国の保険業におけるDXのガイドラインや規制は,AI関連も含めて統一的なものが整備されているとは言い難く,金融庁は今後の検討課題としている。保険業のDXに関連して考慮すべき事項は多く,喫緊の課題となっている。
■キーワード
DX,AI,BDA
■本 文
『保険学雑誌』第667号 2024年(令和6年)12月, pp. 31 − 54
DX時代におけるサイバー保険のあり方
—行動経済学の視点からサイバー保険の需要行動に対する検討—
王 学士
■アブストラクト
企業が直面しているDXを取り巻くリスクが増してきており,不正アクセスやウイルス感染,データ改ざん,情報漏えいなどといったセキュリティ対策の強化が,喫緊の課題となっている。サイバー保険の浸透が進んでいるものの,同保険の普及・拡大に向け,保険会社のさらなる一歩踏み込んだ取組みが求められる。本稿では,行動経済学と保険実務の間の新しくてダイナミックな相互作用を念頭に置きながら検討を加える。その際に,サイバー保険の需要(購買動機)について検討したENISA報告書の内容を概説した上で,保険(法)研究における行動経済学的アプローチを示し,その議論を参考にして,サイバー保険の機能の実現に向けた検討することによって得られる示唆を考察するように努めた。
■キーワード
サイバー保険需要,ENISA報告書,行動経済学
■本 文
『保険学雑誌』第667号 2024年(令和6年)12月, pp. 55 − 86
健康医療情報を入力データ等とする私保険領域におけるAIプロファイリング・スコアリングの法的留意点と課題
細田 浩史
■アブストラクト
保険会社が,健康医療情報を入力データ等としてAI等によりプロファイリング・スコアリングを行う場合,プロファイリングそれ自体に対する法規制としては,日本の現行法令上は,個人情報保護法に基づく利用目的の特定,不適正な利用の禁止の対象となるほかは特段の規制が設けられていない。また,上記のプロファイリング・スコアリングにより,保険募集の段階で募集の相手方を保険事故リスクの低い顧客に絞り込むこと(クリームスキミング,チェリーピッキング)は,保険募集段階での差別的取扱いに該当する可能性がある一方で,上記のプロファイリング・スコアリングの結果に基づき顧客アプローチの方法に優劣を設けることについては,その態様によっては,これによる良質顧客層の確保等が「保険制度の健全性維持,保険集団全体の公平性確保」に資する側面もある。現行の日本の規制では,健康医療情報を用いたAIプロファイリング・スコアリング,及びこれらの分析・予測結果に基づく潜在顧客の絞り込みに関する取扱いが,法令上も監督規制上も明確ではないが,最近の報道によれば政府がAIのリスク対策で法規制を検討しているとのことであり,AIに関する規制動向は今後も注視する必要がある。
■キーワード
AI,プロファイリング,スコアリング
■本 文
『保険学雑誌』第667号 2024年(令和6年)12月, pp. 87 − 107
メタバース保険に関する法適用上の論点
吉澤 卓哉
■アブストラクト
本稿は,メタバース保険をめぐる法律関係に適用される法を検討するものである。具体的には,メタバース保険をいくつかに分類したうえで,類型毎に適用法を検討した。その結果,第1に,適用法に関して様々な問題が生じること,第2に,適用法の問題の生じ方は,メタバース保険の類型毎に異なることが明らかとなった。
■キーワード
メタバース,メタバース保険,適用法
■本 文
『保険学雑誌』第667号 2024年(令和6年)12月, pp. 109 − 138
裁判規範としての実質的被保険者論のアップデート
原 弘明
■アブストラクト
実質的被保険者論は,第三者による故意の事故招致免責における有力な学説である。もっとも,裁判例において同理論が直接的に援用された事案ばかりではなく,その用いられ方にはバリエーションがある。
本稿では,裁判規範として実質的被保険者論を精緻化するための試論を展開した。その結果として,被保険利益が形式的被保険者・実質的被保険者のいずれに帰属するかという観点に加え,免責の対象となる行為を形式的被保険者・実質的被保険者のうちいずれがどのように主導したかという行為類型もあわせて考えることが適切と結論づけた。
本稿では,裁判規範として実質的被保険者論を精緻化するための試論を展開した。その結果として,被保険利益が形式的被保険者・実質的被保険者のいずれに帰属するかという観点に加え,免責の対象となる行為を形式的被保険者・実質的被保険者のうちいずれがどのように主導したかという行為類型もあわせて考えることが適切と結論づけた。
■キーワード
実質的被保険者論,裁判規範,行為類型
■本 文
『保険学雑誌』第667号 2024年(令和6年)12月, pp. 139 − 167
英国最新最高裁判例にみる共同海損
–[2024] UKSC 2 (17 January 2024) Herculito Maritime Ltd v Gunvor International BV–
森 明
■アブストラクト
本件は2024年1月17日の英国最高裁判所の最新共同海損判例である。2010年10月30日に中東を東航中の船舶がAden湾で海賊に強取され,船主が身代金US$7,700,000を支払い,10ヶ月後に船舶と貨物そして乗組員は解放された。
船主は受荷主に共同海損分担金を請求したが,荷主側は,出荷主が締結した航海傭船契約に基付き当該航海の戦争危険割増保険料を支払ったので,身代金はその保険金で対応すべきであるとして,共同海損の分担を拒否した。仲裁に付託され2020年1月8日に荷主有利の判断が出されたが,上訴され,高等法院,控訴院,最高裁判所で何れも船主が勝訴した。
本件では海賊に支払われた身代金の処理が航海傭船契約と船荷証券との合体問題に絡めて俎上に上ったが,本稿では「共同海損と身代金の支払い」について特記する。共同海損は船舶と貨物に加え「人命救助も成立要件の一つである」ことを明らかにし,更に英国裁判所での「公判」と「判例公開」についても解説して,この二つに関する我が国のあり方に関する私案を提示したい。
船主は受荷主に共同海損分担金を請求したが,荷主側は,出荷主が締結した航海傭船契約に基付き当該航海の戦争危険割増保険料を支払ったので,身代金はその保険金で対応すべきであるとして,共同海損の分担を拒否した。仲裁に付託され2020年1月8日に荷主有利の判断が出されたが,上訴され,高等法院,控訴院,最高裁判所で何れも船主が勝訴した。
本件では海賊に支払われた身代金の処理が航海傭船契約と船荷証券との合体問題に絡めて俎上に上ったが,本稿では「共同海損と身代金の支払い」について特記する。共同海損は船舶と貨物に加え「人命救助も成立要件の一つである」ことを明らかにし,更に英国裁判所での「公判」と「判例公開」についても解説して,この二つに関する我が国のあり方に関する私案を提示したい。
■キーワード
共同海損(General Average),合体と修改(incorporation and manipulation),保険特別約定又は保険基金(insurance code or insurance fund)
■本 文
『保険学雑誌』第667号 2024年(令和6年)12月, pp. 169 − 193
社会のレジリエンス向上の一翼を担う地震保険に
—木造戸建住宅に焦点をあてて—
大蔵 直樹
■アブストラクト
地震保険は,制度創設以来約60年弱が経過し,社会的存在としての地位を獲得している。まず,本論文は,地震等災害対応にはレジリエンス向上が重要であるとして国際機関の行ったレジリエンス概念の要素分析を行い,発災前の要素であるresist(耐震)に焦点をあて議論を行った。次に,地震保険の耐震割引適用なしの契約と日本の住宅統計の現状および耐震化ゼロという社会的達成目標との関連から2つの仮説(それぞれに帰無仮説と対立仮説)を設定し検定を行った。その結果,両仮説からの帰無仮説の棄却と対立仮説の支持が確認された。これは地震保険制度には耐震化促進への寄与を妨げる要因が存在することを示唆している。この示唆から,耐震化促進という社会課題解決への寄与のために,地震保険も社会的存在の一翼として対策をとる必要があるとの含意をくみ取ることができる。
結論として,耐震割引の適用を妨げる要因を排除するため,割引適用の際に求められる確認書類提出の簡略化等を提唱する。さらに,国土交通省の2030年までに耐震化ゼロという目標に寄与するため,地震保険として地震レジリエンス・リテラシーの向上に努めること等を提唱する。
結論として,耐震割引の適用を妨げる要因を排除するため,割引適用の際に求められる確認書類提出の簡略化等を提唱する。さらに,国土交通省の2030年までに耐震化ゼロという目標に寄与するため,地震保険として地震レジリエンス・リテラシーの向上に努めること等を提唱する。
■キーワード
レジリエンス向上,地震保険,木造戸建住宅
■本 文
『保険学雑誌』第667号 2024年(令和6年)12月, pp. 195 − 218