保険学雑誌 第636号 2017年(平成29年)3月
弁護士費用保険を巡る諸問題
―弁護士費用特約を中心に―
大井 暁
■アブストラクト
2000年に販売開始された弁護士費用保険の普及に伴い,その問題点も顕在化してきた。少額事件の増加に関し,対象となる請求権の額に最低額を設けることは保険の対象とする紛争の種類によっては可能と解されるが,自動車保険に関しては示談代行との関係で困難である。濫訴の弊害に関しては,弁護士費用保険の普及との因果関係が明らかでないとの指摘があり,濫訴か否かを保険者が判断する約款の導入も慎重を要する。保険金算定をめぐる紛争の予防には約款に保険金算定基準を織り込むことが有効であるが,約款規定がない場合でも保険者は適正妥当な保険金を算定できると解すべきである。弁護士費用保険に特化した紛争解決機関の設置には,保険業法との関係を考慮する必要がある。弁護士等の事件処理や顧客対応に関する苦情は,弁護士会等が適切な対応をしなければ保険会社が弁護士のパネル化を進める契機となりうる。弁護士費用保険と責任保険の引受保険会社が同一の場合等の利益相反には,指揮命令系統の区別や情報の遮断が必要となると解される。
■キーワード
弁護士費用保険,権利保護保険,紛争解決機関
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 5 − 24
経済分析に基づく民事紛争への保険利用の問題と課題
池田 康弘
■アブストラクト
本論文は,弁護士費用保険をめぐる潜在的被害者(依頼者,被保険者),弁護士,保険者の各当事者の利得構造とインセンティヴ,および当事者間の情報の非対称性に着目し,民事紛争への保険利用の問題と課題を経済分析によって明らかにする。
本論文の考察の内容と主な結論は次のとおりである。まず,保険料が保険数理的に公正であれば,弁護士費用保険に加入未加入のどちらにせよ,依頼者の期待利得は同じとなり,弁護士探索の費用がかからない分だけ被保険者の期待利得が高くなる。次に,成果報酬の弁護士報酬は,弁護士のモラルハザードを阻止できるが,契約の不完備性から生じる被保険者と弁護士の暗黙の結託による弁護士費用の過大請求がもたらされ,他方,固定報酬の場合は,弁護士のモラルハザードを回避できないが,社会的に正の外部性をもつ事件にも対処できる可能性がある。さらに,弁護士費用保険は経済的利益をめぐる原告弁護士と被告弁護士間の暗黙の結託の余地を与え,弁護士費用の過大請求を許してしまう可能性をもつ。最後に,依頼者保護基金の制度設計は良質な弁護士を確保するための装置となりうる。保険制度設計者は上記の事柄を認識する必要がある。
本論文の考察の内容と主な結論は次のとおりである。まず,保険料が保険数理的に公正であれば,弁護士費用保険に加入未加入のどちらにせよ,依頼者の期待利得は同じとなり,弁護士探索の費用がかからない分だけ被保険者の期待利得が高くなる。次に,成果報酬の弁護士報酬は,弁護士のモラルハザードを阻止できるが,契約の不完備性から生じる被保険者と弁護士の暗黙の結託による弁護士費用の過大請求がもたらされ,他方,固定報酬の場合は,弁護士のモラルハザードを回避できないが,社会的に正の外部性をもつ事件にも対処できる可能性がある。さらに,弁護士費用保険は経済的利益をめぐる原告弁護士と被告弁護士間の暗黙の結託の余地を与え,弁護士費用の過大請求を許してしまう可能性をもつ。最後に,依頼者保護基金の制度設計は良質な弁護士を確保するための装置となりうる。保険制度設計者は上記の事柄を認識する必要がある。
■キーワード
弁護士費用保険,情報の非対称性,経済的利益
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 25 − 43
民事紛争支援と損害保険「権利保護保険」
木村 彰宏
■アブストラクト
最近,国内の損害保険会社において「権利保護保険」の開発が行われ,販売が開始されている。変わりつつある日本の保険構造を踏まえ,諸外国で先行していた民事紛争支援という新しいマーケットに投入した「弁護のちから」という保険商品の販売に関する取り組みと,今後の展開について,実際の経験に即して考察する。
■キーワード
権利保護保険,弁護士費用保険,「弁護のちから」
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 45 − 52
保険契約者等の権利保護と生命保険分野の対応
一ノ瀬 淳
■アブストラクト
高齢化の進展やIT技術の進歩など社会情勢が大きく変化するなか,金融ADR制度や成年後見制度をはじめとする保険契約者等の権利保護に関わる制度や生命保険分野の取組みについて,その重要性が一層高まっている。
また,マイナンバー制度が社会インフラとして定着し,将来的に,社会保障・税分野等の公的分野に加え,民間領域にもその利用範囲が拡大すれば,「顧客が対面や書面等で手続きする事項を簡易化・自動処理化し,顧客の手続き負担を軽減する」,「安否情報を活用した保険金等支払いや保全サービスを従来以上に迅速・確実に実施できる」等のメリットが想定され,保険契約者等の権利保護や紛争の未然防止に大きく貢献する可能性がある。
生命保険会社は,長期にわたる安心・保障を顧客に提供し社会保障制度を補完する存在であり,その役割を十全に発揮するためにも,保険契約者等の権利保護や紛争の未然防止に資する諸施策に継続的に取り組むことが期待される。
また,マイナンバー制度が社会インフラとして定着し,将来的に,社会保障・税分野等の公的分野に加え,民間領域にもその利用範囲が拡大すれば,「顧客が対面や書面等で手続きする事項を簡易化・自動処理化し,顧客の手続き負担を軽減する」,「安否情報を活用した保険金等支払いや保全サービスを従来以上に迅速・確実に実施できる」等のメリットが想定され,保険契約者等の権利保護や紛争の未然防止に大きく貢献する可能性がある。
生命保険会社は,長期にわたる安心・保障を顧客に提供し社会保障制度を補完する存在であり,その役割を十全に発揮するためにも,保険契約者等の権利保護や紛争の未然防止に資する諸施策に継続的に取り組むことが期待される。
■キーワード
金融ADR,成年後見制度,マイナンバー制度
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 53 − 72
依頼者保護のための制度構築に関する問題
山下 典孝
■アブストラクト
本稿は,弁護士の不誠実行為によって被害を被った依頼者を保護する制度について,諸外国の概要を踏まえて,現在,日本弁護士連合会で検討されている依頼者保護給付金制度について,その導入の妥当性,保険業法上の保険業に該当するか等を検討するものである。
依頼者保護給付金制度のみを近視眼的に批判するのではなく,依頼者保護のための制度全体として考えれば,弁護士の信頼低下の歯止め,弁護士自治の堅持のためにも,この制度には,一定の合理性があると考える。
保険業法上の保険業該当性に関しては,見舞金の財源を一般財源とし,さらに給付要件を厳格化した上で,求償制度を導入しない等の工夫によりある程度解決されていると考える。またこの制度の趣旨や保険業法の監督の趣旨をも考えれば,保険業に該当すると考える必要はない。税法上の問題については,給付を受ける依頼者にとっては所得には該当しないため課税対象にもならないと考える。
依頼者保護給付金制度のみを近視眼的に批判するのではなく,依頼者保護のための制度全体として考えれば,弁護士の信頼低下の歯止め,弁護士自治の堅持のためにも,この制度には,一定の合理性があると考える。
保険業法上の保険業該当性に関しては,見舞金の財源を一般財源とし,さらに給付要件を厳格化した上で,求償制度を導入しない等の工夫によりある程度解決されていると考える。またこの制度の趣旨や保険業法の監督の趣旨をも考えれば,保険業に該当すると考える必要はない。税法上の問題については,給付を受ける依頼者にとっては所得には該当しないため課税対象にもならないと考える。
■キーワード
依頼者保護給付金,保険業,日本弁護士連合会
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 73 − 96
他保険契約の告知義務
清水 太郎
■アブストラクト
改正前商法は告知義務の範囲を「重要ナル事実」または「重要ナル事項」と規定していたが,保険法はこれを危険に関する重要な事項のうち保険者になる者が告知を求めたものと明確化した。これにより,他保険契約の告知義務の再検討が求められる。
改正前商法下の裁判例・学説は,他保険契約の告知義務の有効性を一応肯定していたが,これに違反した場合の契約解除の可否は,加重要件の要否や立証責任の所在が対立しており,通説的見解は存在しなかった。
立案担当者は,他保険契約の存在が告知事項になる余地を肯定した上で,解除後は因果関係不存在特則との関係から重大事由解除で対応すべきとする。これと同旨の学説もあるが,告知義務の趣旨や保険法の他の規定との関係から賛成できない。
他保険契約の告知義務は道徳的危険事実に対応するための制度であり,他保険契約の存在は告知事項とならず,保険者免責の問題(重大事由解除等)と解すべきである。
改正前商法下の裁判例・学説は,他保険契約の告知義務の有効性を一応肯定していたが,これに違反した場合の契約解除の可否は,加重要件の要否や立証責任の所在が対立しており,通説的見解は存在しなかった。
立案担当者は,他保険契約の存在が告知事項になる余地を肯定した上で,解除後は因果関係不存在特則との関係から重大事由解除で対応すべきとする。これと同旨の学説もあるが,告知義務の趣旨や保険法の他の規定との関係から賛成できない。
他保険契約の告知義務は道徳的危険事実に対応するための制度であり,他保険契約の存在は告知事項とならず,保険者免責の問題(重大事由解除等)と解すべきである。
■キーワード
他保険契約,告知義務,重大事由解除
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 119 − 141
共済概念の再検討
―共済一般の概念化と保険理論の適用に向けての準備作業―
岡田 太
■アブストラクト
日本には多種多様な共済が存在し,社会に広く,深く根づいている。本稿では共済一般についての概念化を試みる。研究方法として,ペストフのトライアングル・モデルを生活保障システムに適用する。サード・セクターに位置する共済は,主に「私的」,「非営利(相互性)」および「公式」(民主制)により特徴づけられるが,公的な領域に存在するものもある。共済の名称の有無で判断するのは適当でない。さらに,保障サービスを提供する経済組織としての共同体,市場および国家(政府)の相互依存関係の重要性に着目し,今後の環境変化に対する中間組織または社会的経済としての共済の存在意義について検討した。最後に,共済一般の概念化において保険理論および経済理論を適用することで,学際的な保険論の構築可能性を示唆した。
■キーワード
共済一般の概念化,アソシエーション,トライアングル・モデル
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 143 − 166
日本と英国の地域共済に関する比較考察
宮正 一洋
■アブストラクト
英国には,中世が起源とされる友愛組合が,相互扶助を目的に固有の根拠法(友愛組合法)に基づき,今も存在している。友愛組合は,当初は庶民の冠婚葬祭等における相互扶助に始まり,1911年成立の国民保険法下では,一時期,公的な保険者の役割を担うも,1948年のNHS 創設(国営化)後はその地位を失い,公・私の医療保険混合型制度の下で再び民間保険の役割に回帰し,今日では,英国の金融監督規制機関の下で生命保険会社に伍して各種保険・金融商品を取り扱っている。
友愛組合の組織形態から派生した協同組合は,わが国の生活協同組合(生協)のルーツでもある。わが国の共済生協は,消費生活協同組合法を根拠法とし,多くは生命や傷害の共済制度(商品)を提供している。しかし,わが国の医療保険制度は,英国のような公・私混合(並存)型ではないため,シンプルな定額給付型で少額な掛金の制度となっている。
友愛組合の組織形態から派生した協同組合は,わが国の生活協同組合(生協)のルーツでもある。わが国の共済生協は,消費生活協同組合法を根拠法とし,多くは生命や傷害の共済制度(商品)を提供している。しかし,わが国の医療保険制度は,英国のような公・私混合(並存)型ではないため,シンプルな定額給付型で少額な掛金の制度となっている。
■キーワード
エクセター友愛組合,地域共済,共済生協
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 167 − 187
保険会社のICTを使った危険測定と自動車保険契約等への影響
―人工知能及び自動運転を対象として―
肥塚 肇雄
■アブストラクト
保険会社は,被保険者又は保険の目的物に情報端末機を装着又は装備し,情報を収集・解析するビッグデータの利活用により精度の高い危険測定が可能となった。この危険測定によっても,保険契約は保険法の枠内におさまる。
しかし,(完全)自動運転車による事故の責任のあり方自体に議論があり,上記方法による車両の危険測定を行えば,いくつかの課題が浮き彫りにされる。(完全)自動車事故が惹起された場合,事故関係者が拡大しシステムが複雑化するのに,現行の自動車損害賠償保障制度の枠の中で,何の問題もなく被害者救済を維持できるのかは疑問がある。被害者救済において世界に冠たる現行の自賠法を維持・存続させるためには,(完全)自動運転車事故に適正に対応できるように手当を講じる必要がある。
しかし,(完全)自動運転車による事故の責任のあり方自体に議論があり,上記方法による車両の危険測定を行えば,いくつかの課題が浮き彫りにされる。(完全)自動車事故が惹起された場合,事故関係者が拡大しシステムが複雑化するのに,現行の自動車損害賠償保障制度の枠の中で,何の問題もなく被害者救済を維持できるのかは疑問がある。被害者救済において世界に冠たる現行の自賠法を維持・存続させるためには,(完全)自動運転車事故に適正に対応できるように手当を講じる必要がある。
■キーワード
危険測定,自動運転,運行供用者
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 189 − 208
公的年金のフォワード・ルッキングなリスク管理
丸山 高行
■アブストラクト
GPIFおよび他の公的年金は,全体の約6割が国内債券という比較的安全性の高い基本ポートフォリオを,内外株式および外国債券を全体の65%とする,かなりリスクの高い形に変更した。すでにリスクの高い運用へと舵を切った以上,今後は,各公的年金ともにリスク管理の強化,特に「フォワード・ルッキングなリスク管理」を実現するための体制整備が急務である。ところが「フォワード・ルッキングなリスク管理」とはどのようなものかについては,学界でも実務界でも定まった見解があるわけではない。
そこで本稿は,公的年金にとって望ましいリスク管理の1つのアイデアとして,実行可能な「フォワード・ルッキングなリスク管理」手法を提案する。具体的には,多期間最適化モデルを応用した「シナリオ・シミュレーション型のリスク管理プロセス」を提示した上で,現実に近い数値を用いた公的年金のリスク管理シミュレーションを試みる。
シミュレーションの結果として,GPIFが想定する平均的な期待収益率が一定期間続くとするシナリオのもとでは,GPIFとほぼ同様の最適ポートフォリオが導かれる。ただし,特に内外株式の収益率の変動を大きくしたシナリオのもとでは,GPIFの想定とは異なる最適解が導かれ,フォワード・ルッキングなリスク管理の必要性が強く示唆される。
そこで本稿は,公的年金にとって望ましいリスク管理の1つのアイデアとして,実行可能な「フォワード・ルッキングなリスク管理」手法を提案する。具体的には,多期間最適化モデルを応用した「シナリオ・シミュレーション型のリスク管理プロセス」を提示した上で,現実に近い数値を用いた公的年金のリスク管理シミュレーションを試みる。
シミュレーションの結果として,GPIFが想定する平均的な期待収益率が一定期間続くとするシナリオのもとでは,GPIFとほぼ同様の最適ポートフォリオが導かれる。ただし,特に内外株式の収益率の変動を大きくしたシナリオのもとでは,GPIFの想定とは異なる最適解が導かれ,フォワード・ルッキングなリスク管理の必要性が強く示唆される。
■キーワード
GPIF,基本ポートフォリオ,リスク管理
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 209 − 229
生産物賠償責任保険約款の課題
鴻上 喜芳
■アブストラクト
日本の賠償責任保険は米国の約款・料率を範として1957年に導入されたが,当時の日本にとっては全くの新商品であったことから,営業経験を積みまた各方面からの批判を得て改良していくべきことが意識されていた。本家の米国ISO約款は,1966年,1973年,1986年に大幅な改訂がなされたが,日本の賠償責任保険の補償内容に大きな改訂がなされたのは,保険法対応のための約款改訂の一度のみである。本稿では,賠償責任保険のうち生産物賠償責任保険を取り上げ,その約款につき,商品発売以降,どのような改善指摘があり,いかに実務対応されたのかを整理したうえで,米国のISO約款と比較することによって現在の生産物賠償責任保険になお残る課題を明らかにする。結論として,①財物の使用不能損害についての補償拡大,②法令違反免責の削除とビジネスリスク免責の見直し,③賠償請求ベースで引き受けられる契約におけるロングテールカバーの必要性を指摘する。
■キーワード
生産物賠償責任保険,約款改訂,ISO 約款
■本 文
『保険学雑誌』第636号 2017年(平成29年)3月 , pp. 231 − 251