保険学雑誌 第615号 2011年(平成23年)12月

日本の自動車保険における保険需要に関する実証研究

陳 大為

■アブストラクト

 本研究は,1991年から2008年までのパネルデータを用いて,日本の自動車保険需要の決定要因について実証分析を行った。その結果,所得は自動車保険需要に正の影響を与えているが,自動車保険需要の価格弾力性は非常に小さいことが確認された。また,交通事故率は自動車保険需要に大きな影響を与えない一方で,損失額は保険需要に強い影響を与えていることが分かった。さらに本研究では,保険料率の自由化や高齢化の進展が自動車保険需要に及ぼす影響についても検証した。その結果,料率自由化以降,保険契約者は保険料を自身のリスクに対応させることができるようになっていることが実証的に確認された。また,高齢化の進行にともない自動車保険契約率は高くなっているが,収入保険料は逆に減少していることが分かった。

■キーワード

 自動車保険需要,料率自由化,高齢化

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 1 − 26

米国におけるRisk Retention Groupの動向について

杉野 文俊

■アブストラクト

 アメリカ合衆国のRisk Retention Group(以下「RRG」)産業はこの25年間に発展・成熟して,保険代替市場の重要なプレーヤーとなるに至った。しかしそれは免許州と営業州の拡大と多種多様なRRG の増加を意味し,そのことによって①統一的な規制・監督制度の欠如,②規制・監督における連邦と州の確執,③コーポレートガバナンスの不備という問題点を露呈することになった。Liability Risk Retention Actは「単一州規制フレームワーク」と「部分的専占」が先進的であったが,四半世紀を経て,そのオーバーホールが必要となっている。Risk Retention Modernization Actの法案は2011年度の連邦議会に再提出されている。2012年にはGovernment Accountability Officeの第二次報告書も刊行される予定である。同法案の成否は,保険の規制・監督における連邦と州の関係の行方を占うものである。

■キーワード

 単一州規制フレームワーク,部分的専占,コーポレートガバナンス

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 29 − 48

損害保険仲介者の報酬開示規制

―ニューヨーク州における新規制を中心にして―

田爪 浩信

■アブストラクト

 保険仲介者の報酬開示規制は,保険仲介者が顧客の意向よりも自らが受け取る報酬水準を優先して保険商品の推奨・助言を行なう可能性を極小化することに目的がある。英国では生命保険を含む投資型商品販売に規制があり,ニューヨーク州ではすべての保険仲介者を対象とした新規制が施行されている。翻ってわが国ではかかる規制が真に有効に機能するのかが問題となる。
 そこで英米の先例の検討を踏まえ,今後,実効的な報酬開示規制の検討にあたっては,第一に報酬開示規制は保険仲介者の機能やその類型に応じた枠組みと密接不可分の関係にあること,第二にわが国の代理店手数料は損害保険代理店の保険会社への貢献度評価をおり込んでいるほか,代理店手数料そのものが単純な高低評価にはなじまないこと,第三に報酬を示された顧客の合理的な理解・判断を可能にする適切な基準の提示が必要であること,に留意すべきことを指摘する。

■キーワード

 保険仲介者・手数料(報酬)開示・利益相反

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 49 − 68

近年における米国権原保険の状況

大城 裕二

■アブストラクト

 権原保険は,保険契約の特質に根差す特異な機能を果たしている。それは,情報化社会前において,土地制度未確立の合衆国に役立てられた制度である。情報化とグローバル化が進展する今日,その遡及担保性と担保無期限性を特徴とする元来の担保構造は,基本的に変えられてはいない。情報ギャップに根差す権原保険の機能は,消費者に満足を提供しているのであろうか。その情報開示の問題と財務不透明性は,各州に燻ぶる権原保険改革論議の大きな焦点である。その大きな着地点として,Iowa州権原保証部の例が論議される。現在の権原保険業界の状況は,不動産抵当貸付に関わる事業展開に活路を開くのか,地域生活の基礎的リスクとして政府関与の構造を展開するのか,重大な検討期にあると考えられる。

■キーワード

 権原(Title),権原リスク,Iowa州権原保証

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 69 − 88

米国の医療事故賠償責任の状況と保険マーケットの変化

鴻上 喜芳

■アブストラクト

 米国の医療事故訴訟にかかるコストは1970年代以降ほぼ一貫して上昇し,かつこの間に三度保険危機があったために,医師・病院が医療事故賠償責任保険にアクセスし難くなり,防衛的な医療となったり患者の受診機会が阻害されたりする問題となっている。これに対し,州・連邦は不法行為制度改革を中心とする取組みを行ってきたが,近年は法改正を伴わない新たな取組みも出現してきている。これらの効果もあり,2005年からは医療事故訴訟コスト,医療事故賠償責任保険引受成績とも落着きを見せている。一方,保険危機により,保険マーケットには大きな変化が生じている。株式会社形態保険者がシェアを減らし,代わってRRGが躍進してきた。また,引受約款はオカレンスからクレームズメイドに移行してきている。米国の状況を参考にし,日本の保険者においては,医師賠償責任保険の安定的な保険運営,医師賠償責任保険へのロングテール導入,ならびに医師と患者の良好な関係を維持する新たな無過失補償保険の開発の検討が期待される。

■キーワード

 医師賠償責任保険,クレームズメイド,RRG

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 89 − 108

米国の生保会社会計の現状

栁田 宗彦

■アブストラクト

 米国生命保険会計には,保険監督官向けの法定会計であるSAPと,投資家向けのGAAPとの異なる会計基準がある。財務諸表は,現在も全生保がSAPを単体ベースで作成し,上場生保はGAAPを連結ベースで作成している。1996年からは,SAPの財務諸表に対して公認会計士からの適正意見が付かなくなっており,相互会社は,アニュアルレポートにおいてSAPの財務諸表を開示しているが,公認会計士の意見は載っていない。GAAPにおける有価証券の会計処理は,投資方針を反映した各社区々の対応をしている。また,保険会計のGAAPにおいてはIFRSと整合性をとった会計基準を協力しながら作成しようとしており,資産側だけでなく負債の時価評価も取り入れようとしているが,2011年6月完成の予定だったものの,まだ完成していない。米国の監督当局は,IFRSやヨーロッパのソルベンシー規制にどのように対応すべきかを検討している。

■キーワード

 米国保険,生命保険会計,IFRS

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 109 − 126

米国の株価指数連動年金に対する証券規制を巡る論議の動向

小松原 章

■アブストラクト

 成長顕著な株価指数連動型年金に対して証券規制導入提案を行ったSECに対して,当該年金主力の生保業界が強い反対姿勢を示し,規則撤回を求めて連邦控訴裁判所に提訴した。裁判所は,規則の内容は妥当であるが,規則導入に必要な効率性等の分析が不十分であるとしてSECに対して再検討を指示した。SECは規則再提出意欲を示したが,おりからの金融危機後における金融規制改革法案審議の過程でSEC規制を排除する条項が組み込まれた同法案が成立することとなった。これにより,証券規制は阻止できたが,州の監督責任は一段と重くなり,その真価が問われている。

■キーワード

 年金,保険規制,連邦規制

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 127 − 146

フランスにおける保険マーケティングの動向

亀井 克之

■アブストラクト

 フランス保険市場では,これまでMSI(直販相互保険会社)やバンカシュランスの台頭によって,マーケティング戦略上のイノヴェーション導入を契機とした激しい競争を通じて,商品とサービスが洗練されてきた。イノヴェーションは,既存の商品やサービスに欠けている点を補い,顧客満足を実現するが,それを支えるのがブランド戦略・コミュニケーション戦略であった。近年,フランス保険市場では,インターネット技術の進展に支えられて,クルティエ・グロシスト(卸売ブローカー),保険比較サイト,さらにはPay as you drive型保険のインターネット専売事業などが存在感を増した。独自性を発揮するフランス保険企業のマーケティング戦略の動向を分析した結果,①顧客のさまざまな購買パターンに対応するために複数のチャネルを充実し併存させる「マルチチャネル」「マルチアクセス」化の流れの中でのインターネットの重要性,②ブランド戦略・コミュニケーション戦略の展開によって,依然としてフランスの保険企業は,強固なブランド・アイデンティティを構築していること,③顧客に対する利便性向上を主眼としたマーケティング戦略の有用性が再確認できた。

■キーワード

 保険マーケティング,クルティエ・グロシスト(卸売ブローカー),ブランド戦略

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 147 − 166

フランス保険法の現状分析

笹本 幸祐

■アブストラクト

 2011年現在のフランス保険法典のうち,とくに契約法に関する部分は1930年7月13日付法からスタートし,法典化を経て現在に至るまで数々の改正がなされてきている。現行の保険法典の構造などの概要,そしてフランス保険法全体におけるこれまでの重要な改正として共通して指摘されているものの中からいくつかを採り上げて検討し,さらに近年のEU指令ならびにヨーロッパ保険委員会の法典がフランス保険法典に与えた影響について分析して,現在の保険事業に関する監督規制を調査した結果,フランスおよびヨーロッパの社会情勢を背景にした消費者保護法制の重要性が再認識された。そして,今後はフランスの保険法を研究するにあたっては,2009年に提案されたヨーロッパ保険契約法原則による影響をふまえたさらなる考察が極めて重要なものになると思われる。

■キーワード

 フランス保険法,消費者保護,ヨーロッパ保険契約法原則

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 167 − 184

インドの民間医療保険の動向

福岡 藤乃

■アブストラクト

 インドの経済は近年著しく成長しており,世界2位の11億8000万人の人口を抱えていることから,巨大な保険市場として注目されている。
 インドでは医療サービスが全国民に公平に行き渡っていない。公的医療機関では薬以外は無料で治療を受けることができるが都市部にしかなく,広い国土の農村地域には行き届いていないため,多くの人が民間医療機関で治療を受けている。現在医療費は上昇しており,医療保険の需要が高まっている。
 民間の医療保険は主に損害保険会社で販売されており,実損填補の医療保険が主である。損害保険の中で医療保険は自動車に続く主力商品となっており,過去5年で3倍以上に増加した。しかし競争の激化と医療費の高騰から損害率が高くなっており,十分な医療費データと良質な医療機関のネットワークの確保が重要となっている。

■キーワード

 インド,医療保険

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 185 − 203

中国保険法の人保険契約における保険金受取人をめぐる諸問題

―中国の立法,司法および学説の動向に関する紹介―

李 鳴

■アブストラクト

 本稿では,中国保険契約法の人保険契約における保険金受取人をめぐる諸問題として,①保険金受取人の指定・変更権者,②保険契約者が被保険者の雇用主である場合における保険金受取人指定の制限,③保険金受取人変更の方式,④遺言による保険金受取人の変更,⑤保険金受取人不存在の場合における死亡保険金の帰属に関する立法,司法および学説の動向を紹介する。その上で,保険金受取人に関する中国保険法の法理には,①保険金受取人の地位の低さ,②被保険者中心主義,③原則的,手続的な立法手法という三つの特徴があると結論付ける。

■キーワード

 保険金受取人の指定・変更,受取人不存在,死亡保険金の帰属

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 205 − 224

台湾における変額保険の導入と展開

曽 耀鋒

■アブストラクト

 台湾の生保市場は他の国・地域より,比較的遅れて,2000年から変額保険の販売を始めた。導入してからわずか10年が経ったに過ぎないが,台湾での変額保険は,目覚ましい成長を遂げた。2007年の台湾生保の新規契約保険料収入の内訳で,変額保険の割合は5割強を占めた。本稿は台湾生保市場における主力商品の変遷を踏まえたうえで,変額保険の導入のきっかけとその理由について論じる。銀行窓販の開始および税制優遇などが変額保険の販売に有利な影響を与えたと考えられるが,急激な市場拡大のために,変額保険の販売をめぐるトラブルや不祥事も相次いでいる。今後,変額保険が持続的な成長と発展を続けるためには,販売にかかわるルールと規制をより明確することが不可欠であると考える。台湾における生保に関する税制改革が,変額保険そのものに及ばす影響についても継続して注視すべきであろう。

■キーワード

 変額保険,銀行窓販,海外保険事情

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 225 − 241

オフショア地域における再保険サイドカーの現状

吉澤 卓哉

■アブストラクト

 サイドカー取引とは,スポンサーたる保険会社(主に再保険会社)が,主に自己からの出再先として時限的な特別目的の再保険会社(再保険サイドカーと呼ばれる)を設立し,投資を資本市場から集めて再保険キャパシティを確保して,主に比例再保険による受再事業を営み,その収益を投資家に還元するものである。このサイドカー取引は,バミューダを中心とするオフショア地域で1999年に始まったとされており,2005年に米国を襲ったハリケーン後に隆盛を迎えたが(2006年~2007年),世界的な金融危機後(2008年~)は小康状態のまま現在に至っている。ただ,経済実体が先行しており,何をサイドカー取引と呼ぶべきかが問われている。

■キーワード

 再保険サイドカー,サイドカー取引,再保険

■本 文

『保険学雑誌』第615号 2011年(平成23年)12月, pp. 243 − 262