保険学雑誌 第635号 2016年(平成28年)12月

保険募集規制改革の背景と意義

栗山 泰史

■アブストラクト

 2016年5月29日に施行された改正保険業法は保険募集規制の抜本的な改革を主眼としている。保険業法は1996年に金融ビッグバンの一環として大きく改正されたが,その際に保険募集規制に関する改正は先送りされることになった。今般の改正によって,1980年代末に始まった保険制度改革の動きは遂に完結を迎えることになる。
 新しい保険募集規制においては,保険募集人の義務として,意向把握義務,情報提供義務,意向確認義務,体制整備義務が法定される。これら義務の法定には3つの意義がある。第一に「対話をベースにした保険募集の開始」,第二に「代理店経営の高度化」,第三に「乗合代理店による比較推奨販売の本格実施」が実現することである。今回の規制改革によって,消費者は保険募集における「昔ながらの保険募集の方法」から解放され,適切な比較説明と推奨を含め,自らの意向に沿った保険への加入という本来有すべき権利を享受することになる。

■キーワード

 保険制度改革,保険募集人の義務,比較推奨販売

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 1 − 20

保険募集人の自立・自律

―いわゆる委託型募集人問題を契機に―

大塚 英明

■アブストラクト

 今次の募集制度改革では,平成12年に規制緩和の流れの中で認められた「代理店と雇用関係にない使用人」による募集が見直され,新監督指針では,使用人は実質的に代理店との間に雇用契約の締結を要求されるようになった。しかもそこでは保険業法275条.項が強く意識されているため,「雇用関係にない委託型募集人は募集再委託の禁止に抵触する」という表面的・定式的な論法が定着しつつある。そのためにとくに「委託型」損保代理店の現状を混乱させることのないよう,ある種の妥協案さえ提示された。しかし,そもそも募集再委託の禁止は,絶対的な原理なのであろうか。そして,募集人の「適切な教育・管理・指導」は,本来,募集再委託の禁止とどのような関係で捉えられるべきなのであろうか。本稿はこれらの点をあらためて検討することにより,「募集」と「教育・管理・指導」の一致こそこの問題の本質であり,代理店の自立・自律を志向する募集体制変革においては,委託型募集人の現状よりはむしろ募集再委託禁止という理論の側を見直すべき可能性があることを提言する。

■キーワード

 委託型募集人,募集再委託の禁止,製販分離

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 21 − 41

大規模乗合代理店と所属保険会社の責任

遠山 聡

■アブストラクト

 平成26年保険業法改正において,保険募集人に対する体制整備義務が新設された。この背景にあるのが保険募集チャネルの多様化・大規模化である。保険業法283条は,保険募集人の加害行為について所属保険会社の損害賠償責任を規定したものであるが,独立的な立場で保険募集業務を行う,銀行や来店型ショップといった大規模な乗合代理店等が登場するに至り,同条が本来予定していた状況とは大きく異なっているのが現状である。本稿は,同条の解釈適用に関するいくつかの問題について検討したものである。結論としては,同条の責任を広く認めたうえで,求償権を適切に行使することによって,最終的な負担調整を行うことが望ましいのではないかと考えている。しかし,実質的な指揮監督関係にない大規模乗合代理店の加害行為に対する責任を認めることは問題も多く,立法論としては適用範囲や免責となる場合を明確に規定することが必要である。

■キーワード

 保険募集人,体制整備義務,損害賠償責任

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 43 − 60

乗合代理店における比較・推奨に関する情報提供義務とその影響

―他の金融商品の販売主体に課された義務との対比から―

安田 和弘

■アブストラクト

 保険業法の改正により導入された情報提供義務の一つに,乗合代理店のみに課される情報提供義務がある。乗合代理店という代理店の属性に着目し,それ以外の代理店には課されない情報提供義務を課すことは,保険業法における規制の態様として新たなものであるだけでなく,金融分野における規制の態様としても新たなものである。さらに,その内容の点においても,自らが取り扱っている商品の中に比較可能な複数の商品が存在するという情報や,比較可能な複数の商品のうち自らが一部の商品を推奨することとした理由という乗合代理店の主観的事情に関する情報という,個別の商品内容にとどまらない事項を提供すべき情報としている点で,これまでにない新たなものとなっている。このような新たなタイプの情報提供義務が導入されたことによって,保険以外の金融分野の実務等への影響が生じることも想定される。

■キーワード

 乗合代理店,情報提供義務,比較推奨

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 61 − 81

団体保険の被保険者に対する募集規制の明確化と実務上の留意点

古田 一志

■アブストラクト

 平成26年改正保険業法では,団体保険の被保険者に対する行為規制,加入勧奨に係る規制の適用関係など,実務を踏まえた保険募集の基本的ルールの創設・明確化が図られた。このことは団体保険の適正な取扱い,加入勧奨の一層の品質向上に取り組み,被保険者保護を充実させていくうえで,大きな意義がある。また,所属保険会社等の賠償責任を定める保険業法283条は,適用場面に「加入勧奨」は追加されていないが,加入勧奨の考え方が明確化されたことによって,形式的に加入勧奨に係る行為であることをもって,同条の適用対象外と結論付けることは適当ではなく,加害行為の主体,目的,内容等を勘案のうえ,適用の有無を判断する必要があると思われる。保険会社・保険募集人は改正された規制に則った募集活動に取り組むことはもとより,改正が行われなかった規制についても改正に伴う影響の有無や規制の趣旨に留意のうえ,慎重な運営に努める必要がある。

■キーワード

 団体保険,加入勧奨,改正保険業法

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 83 − 104

「保険募集」に関する新たな基準と「募集関連行為」概念の新設

細田 浩史

■アブストラクト

 平成26年保険業法改正に伴って改正された保険会社向けの総合的な監督指針では,保険募集の概念について基準が新たに示された。また,保険募集に関連する行為として,募集関連行為の概念が新たに導入され,保険募集人による顧客アプローチの前段階において行われている行為についても一定の規律の対象とされることとなった。
 これらの改正はこれまでの保険業法の考え方に全く異質のものを導入したものではない。保険募集概念に関する新たな基準については,これまでの整理をその延長線上でより具体的に敷衍して規定したものと評価できると考えられる。また,募集関連行為に係る規制についても,募集関連行為従事者に義務を課すものではなく,保険会社や保険募集人に対する保険業法に基づく委託先の管理義務を根拠に,かかる義務の内容をより具体的に規定したものと評価できると考えられる。

■キーワード

 改正保険業法,保険募集,募集関連行為

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 105 − 120

保険業法1条に関する立法論的考察

出口 正義

■アブストラクト

 本稿は,規定の意味内容が不明確な一般条項である保険業法.条の規定を批判的に検討し,立法論を展開することを目的としている。保険業の「公共性」,「業務の健全かつ適切な運営」および「保険募集の公正」の文言はいずれも不明確な概念であり,このことが「保険契約者等の保護」を目的とした監督行政庁の合目的監督を可能にし,その結果,監督が保険会社にとどまらず,とりわけ保険募集(保険契約の締結の代理または媒介)という保険会社と保険契約者との間の私的な法律関係にまで際限なく及んでいる。しかも,その法的性質および授権根拠が不明確にもかかわらず,保険会社に対し事実上法的拘束力に匹敵する作用を有し得る「保険会社向けの総合的な監督指針」なるものにより,実務を一定方向に指導ないし誘導する,いわば監督行政庁による「指導・誘導による経済管理(統制)」が行われているとの懸念をぬぐえない。保険業法.条の規定の立法論とともに,上記監督指針による保険監督行政の在り方を問うものである。

■キーワード

 保険募集の公正,監督指針の合法性,指導・誘導による経済管理(統制)

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 121 − 139

生命保険加入に対する販売チャネルの影響

―募集規制の意義と課題―

小山 浩一

■アブストラクト

 本稿は,生命保険の加入を加入者要因と販売チャネル影響要因の二つの要素から実証的に考察した。考察の結果,生命保険加入に対する販売チャネルの影響は,加入目的では貯蓄目的とその対極にある医療保障目的(貯蓄と負の相関)の中間に位置する範囲で確認された。営業職員チャネルが老後保障,介護保障,死亡保障において,金融機関チャネルが相続対策において生命保険加入に影響を与えている。
 他方,加入者側を見ると,加入者の「保険知識あり」が加入に正の影響を与えるのは貯蓄目的と老後保障である。相関係数からみると老後保障目的の生命保険は貯蓄の手段の一つとして位置づけられている可能性がある。加入者の想定する保険知識は,主に貯蓄としての生命保険に関する範囲と考えられ,貯蓄との相関係数が正かつ低下する範囲で販売チャネルが影響を与えている。販売チャネルの影響は加入者に対する補完的な役割を担っており,全体的にみれば生命保険に関わる社会的厚生に資している。他方,販売チャネルによる生命保険加入への影響は,加入者の当初意向と最終意向の間の変化に販売チャネルが関わっていると理解できる。顧客の意向把握・確認義務及びその事後検証の意義が確認できる分析結果となった。

■キーワード

 生命保険加入,加入者要因,販売チャネル影響要因

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 141 − 161

保険加入時に比較する契約者の特徴と保険満足度

―「平成27年・生命保険に関する全国実態調査」に基づく分析―

家森 信善

■アブストラクト

 「金融リテラシーマップ」において,金融リテラシー教育の目標の一つとして,「情報を収集し,商品性に関する理解を深め,比較検討する」ことが掲げられているように,保険加入において複数の商品を比較する習慣を持っていることは非常に重要な金融・保険リテラシーであると考えられる。そこで本稿では,生命保険文化センターが2015年に実施した「平成27年・生命保険に関する全国実態調査」の個票データを使って,どのような保険契約者が保険加入において比較を行っていたかを明らかにする。さらに本稿では,比較を行った上で保険に加入した人ほど,事後的な満足度が高いことを明らかにした。これは契約者が十分に理解し比較検討を行った上で保険に加入するようになることを目指す改正保険業法の考え方の妥当性を示している。

■キーワード

 比較行動,金融・保険リテラシー,改正保険業法

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 163 − 183

相互会社の業務多角化と非社員契約募集

丸山 高行

■アブストラクト

 周知のように相互会社には,主として相互会社の相互性,非営利性の視点から,非社員契約に関して量的制限および質的制限がかけられている。一方で,相互会社は,内外の生保会社を買収し,子会社化することによって,保険グループとしての業務多角化を図ろうとしている。
 本稿は,このような相互会社の新しい業務展開に対し,保険募集面の規制がどのような形で対応しているか,特に,相互会社本体での引受けであれば非社員契約に該当する保険契約について,グループとしての募集を考えた場合,どのような点が法的に論点となりうるかについて考察するものである。さらに,内外子会社を通じて募集される保険契約と非社員契約の類似性に鑑み,より簡便な株式会社化,さらには持株会社設立によるグループ形成の道を拓くべく,「包括移転による株式会社化+持株会社設立方式」を提案し,若干の私見を述べる。

■キーワード

 非社員契約,募集規制,株式会社化,包括移転

■本 文

『保険学雑誌』第635号 2016年(平成28年)12月 , pp. 185 − 205