保険学雑誌 第648号 2020年(令和2年)3月

保険システムの機能範囲

―社会保険を中心に―

石田 重森

■アブストラクト

 社会保険は,当然のことながら,保険の範疇にあって,保険の原理を根幹にして社会保険としての扶養性が加味されて,保険システムとして成り立っている。ところで,近年,社会保険における医療保険において高度先進医療の発展と高額薬剤・高額医薬品の出現に関し,その公的医療保険適用をめぐって,医療保険財政を圧迫する事態が発生し,保険システムが適正に機能しなくなるような状況が生じている。
 これまでも後期高齢者医療保険や国民健康保険さらに介護保険,年金保険も含め,社会保険財政の窮迫をめぐり,経済政策・社会政策に関連した論議の一つとして,社会保険としての保険システムのあり方が問題とされ,論じられてきた。
 改めて,社会保険としての医療保険を中心に,保険システムの機能範囲,保険としての限界をめぐって検討し,社会保険の方向性ならびに国民医療費抑制策に言及する。

■キーワード

 高額医薬品の公的医療保険適用,公的医療保険の保険性・扶養性・政治性,社会保険としての保険システム

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 5 − 13

自動車保険の過去・現在・未来

佐野 誠

■アブストラクト

 日本で自動車保険が誕生してから1世紀が経過した。本稿では,日本における自動車保険の歴史的経緯を検証したうえで,今後の自動車保険の課題を考察する。
 このうち歴史的経緯については,自動車保険の創設以来現在までの注目すべき項目として,創設の経緯,保険種目の推移,自賠法制定と自賠責保険創設,算定会制度の確立,損害保険市場の自由化,商品・サービスの進化が挙げられる。
 一方,今後の自動車保険の課題としては,①収入保険料減少への対応,②技術革新への対応,③自動車事故被害者救済制度の再検討,などが考えられる。このうち,③自動車事故被害者救済制度の再検討については,強制保険と任意保険の二元制度の再検討や,現行制度において救済されない被害者への対応などが主たる課題である。

■キーワード

 自動車保険の歴史,自動車保険の課題,自動車事故被害者救済制度

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 15 − 46

インシュアテックと保険規制のあり方

根本 篤司

■アブストラクト

 インシュアテックの進展は,デジタル技術にもとづく金融イノベーションの一翼を担い,フィンテック社会におけるリスクの引き受け手としての役割を期待されている。インシュアテックの特徴は,従来の保険制度では付保できなかったリスクをカバーし,デジタル技術を用いて保険の限界を克服するところにある。インシュアテックの普及は保険会社の経済的保障の提供機会を拡大する。
 情報系ベンチャー企業を含むインシュアテック企業の市場参入は,インシュアテックの発展に欠くことはできない。参入規制の緩和は保険事業のアンバンドリング,リバンドリングを加速化し,市場競争の進展をもたらす。他方,インシュアテックによるリスクの特性評価が,バッド・リスクの保険消費者を市場から排除してしまう可能性も生じうる。
 これらの問題意識にもとづき,本稿はインシュアテックの進展をめぐる保険規制に関する議論を整理,検討する。結論として,インシュアテックの促進には参入企業の資本要件の緩和と,消費者利益保護の観点から保険消費者の利用機会の担保と残余市場の設置によるセーフティネットの拡充,情報公開の取り組みが必要であることを指摘した。

■キーワード

 インシュアテック,参入規制,消費者保護

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 35 − 51

日本におけるインシュアテックと公的医療保険

伊藤 豪

■アブストラクト

 本稿は,公的医療保険制度に影響を及ぼすテクノロジーをインシュアテックと捉え,データヘルス改革,医療技術革新および情報技術革新が公的医療保険制度にどのような影響を及ぼすのかを分析したものである。具体的には,世界で一番高額な薬(ゾルゲンスマ),がんゲノム医療,血液1滴からがん検査,iPS培養装置,手術支援ロボットの保険適用拡大,認知症の薬を医療技術革新,マイナンバーカード,オンライン診療,スマホ診療そして WHOが推奨するデジタルヘルス介入を情報技術革新と捉え,それぞれが公的医療保険制度に及ぼす影響を検討した。その結果,オプジーボのように承認当初は対象治療も悪性黒色腫(メラノーマ)に限られ,患者数も少なく高額だった薬が,対象治療の拡大と患者数の増大により,高頻度高価格となってしまうと,収支相等の原則が崩れ,保険システムの限界を迎えることになることを指摘した。一方で,医療技術革新や情報技術革新は無駄な医療を排除し,効率化を進めることにより,医療費を削減する効果も期待できることを指摘した。

■キーワード

 データヘルス改革,医療技術革新,情報技術革新

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 53 − 68

アメリカにおけるインシュアテックと民間医療保険

中浜 隆

■アブストラクト

 本稿は,民間保険が医療保険を担う場合,民間保険による医療保険の引受けにインシュアテックが果たしうる役割という視点から,アメリカにおけるインシュアテックのオバマケアとのかかわりについて考察している。
 民間保険が主流のアメリカでは,医療保険に加入しやすくするために,料率規制などの保険規制が行われている。しかし,保険規制および加入者の逆選択と保険者の危険選択によって,各保険者における加入者の医療リスクは保険者間で異なる。そのために,保険者間のリスク調整が行われている。
 ビッグデータの活用,加入者データの更新,精緻なリスク調整モデルの構築と修正によって精度の高いリスク調整が可能になり,保険者はリスクの高い人々の医療保険も引き受けやすくなっている。
 民間保険が医療保険を担うには,保険者はリスクの高い人々も受け入れなければならない。リスク調整はそのために必要かつ有効な措置であり,インシュアテック(ビッグデータ)はオバマケアの実効性を高めている点において大きな役割を果たしているといえる。

■キーワード

 インシュアテック,医療保険,オバマケア

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 69 − 86

保険会社の地域貢献活動;その評価指標のあり方について

石田 成則

■アブストラクト

 本稿は,保険会社の社会貢献,地域貢献活動を企業の社会的責任(CSR)の観点から問い直すものである。とくに,企業の社会的責任(CSR)の理論と企業のステークホルダーにとっての意義から考えていく。そのために,金融機関個社の CSR活動が企業業績にどのような影響を及ぼすことになるかを実証的に明らかにしていく。併せて,CSR活動を評価するSROI(社会的投資収益率)を取り上げ,保険会社の地域貢献活動を評価する。そのうえで,CSR活動の成果を目に見える形にすることが活動の原動力となることを指摘する。
 

■キーワード

 CSR (Corporate SocialResponsibility),SROI (Social Return on Investment),スラック資産理論

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 87 − 107

反社会的勢力排除の要請と保険の役割

―とりわけ密接交際者の排除に関する判断基準について―

遠山 聡

■アブストラクト

 反社会的勢力による被害防止という社会的要請を受けて,各種保険約款にも反社会的勢力との関係遮断を目的とする反社会的勢力排除のための規定が設けられ,保険契約者や被保険者等が,暴力団やその構成員のみならず,暴力団関係企業や共生者と呼ばれる反社会的勢力との密接な交際関係を有する者に該当する場合にも,保険者は該当する契約の解除をすることができることが定められている。このうち,とりわけ反社会的勢力と「社会的に非難されるべき関係」を有していると認められる場合の解除の可否について,約款条項に求められる条項の明確性という点を中心に,他分野(行政における入札参加の指名停止基準や銀行の普通預金規定等)における反社会的勢力排除条項の規定や解釈などとも比較検討を行った。共生者(反社会的勢力に対する利益提供やその不当利用)に限定しない解除規定は,柔軟に解除事由の該当性を判断できるメリットがある反面,裁量の幅が大きいことによる外延の不明確さがあることは否定できない。さらに,警察からの通報や情報提供に連動する形で排除が進むことになるが,その効果として解除が過大な制裁とならないかも懸念されるところである。

■キーワード

 重大事由解除,反社会的勢力,暴排条項

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 109 − 137

災害リスクマネジメント

―リスクファイナンスの重要性―

石坂 元一

■アブストラクト

 激甚災害に指定される自然災害が毎年複数発生しており,その度に人的被害や経済的被害が生じている。阪神・淡路大震災以降,災害に対するリスクマネジメントの整備と強化は各主体にとって喫緊の課題と共通認識されている。それにもかかわらず,特にリスクファイナンスは着手されずに未整備の部分も見られる。そこで本報告では,主に企業の災害リスクファイナンスの重要性を再確認し強調する。
 まず,近年の地震災害や風水害の発生及び激甚災害指定状況を通じて,わが国の災害リスクを認識する。次に,災害リスクマネジメントの手法を概観し,リスクマネジメントの基礎を成す考え方が変化しようともリスクファイナンスは必須である点を確認する。そして,リスクファイナンス手法の比較検討が難しいとのアンケート結果を踏まえて,各手法の特徴や課題を整理し,利点と限界を提示する。最後に,共助の視点や災害リスクマネジメントを推進するための新たな取り組みや課題を述べる。

■キーワード

 激甚災害,リスクファイナンス,BCP

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 139 − 157

日本企業のリスクマネジメントは米国と何が違うのか?

前田 祐治

■アブストラクト

 「企業においてリスクマネジメントは必要である」と言われるが,では企業は何を行えばリスクマネジメントを適切に実践していると言えるだろうか?本稿は,この分野で進んでいると言われる米国と比較し,日本企業リスクマネジメントのあり方を検証する。米国企業のリスクマネジメントは,トップダウンによる ERMをはじめている企業が多く見られるが,日本企業はまだ保険管理の域を出ていない。しかし,内部統制の整備や新たな会社法により,企業のリスクマネジメントは強化されることが求められている。そこでは,米国型のトップダウンによる ERMと日本的なボトムアップによるリスクマネジメントをどのように収斂させていくのかが今後の課題である。

■キーワード

 企業リスクマネジメント,内部統制,リスクマネジャー

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 165 − 181

研究対象としての保険判例の射程に関する一視点

―租税法・競争法・情報法の判例を素材として―

泉 裕章

■アブストラクト

 近時,生命保険分野では,講学上の保険法に関する判例件数が大きく減少していると言われている。こうした状況は,保険法学界の研究対象の減少にもつながりかねない。そこで,同学界の研究対象の裾野を拡げるべく,保険法の周辺の法分野に存在する保険判例を研究対象として取り扱うことも一考に値するように思われる。
 本稿では,上のような問題意識および目的の下,具体的には,周辺の法分野として,租税法,競争法,情報法の3つを取り上げたうえ,各分野に存在する保険判例(分野ごとに各1件)の紹介および考察を行った。
 その結果,各保険判例の中には,保険法学界として今後の検討に値する重要な指摘が含まれているという結論を得た。このことは,講学上の保険法の研究にあたって,その他の周辺法分野も含めた保険判例を比較参照することが,有益な手法の1つであり得ることを示唆している。

■キーワード

 保険概念,カルテル,保険金支払問題

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 183 − 213

私的保険による仕事と介護の両立支援

小坂 雅人

■アブストラクト

 日本の公的介護保険は在宅介護サービスへの支給限度額が比較的高く設定されている一方で,家族などによるインフォーマルケアに対する現金給付は行われていないことから,インフォーマルな介護者の所得補償に私的保険を活用する可能性について検討を行った。公的介護保険の導入によって介護事業者が提供する在宅介護サービスが増加したにもかかわらず,「同居で親・義親を介護している主な介護者」が提供するインフォーマルケアの社会的コストは,公的介護保険導入直後である2001年の2õ8兆円から2016年には4õ4兆円へと大きく増加しており,私的保険に対する潜在的なニーズの存在が示唆された。「親・義親を介護する場合の所得損失リスクに備える私的保険」が「仕事と介護の両立支援」政策の補完的役割を担い,介護の社会基盤であるインフォーマルケアを支えることで,介護制度の持続可能性確保に間接的に貢献することも可能と考えられた。

■キーワード

 介護保険,インフォーマルケア,仕事と介護の両立

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 215 − 238

ホルムズ海峡等における事態発生と貨物海上保険

―加害行為および拿捕の解釈に係わる小考―

新谷 哲之介

■アブストラクト

 2019年を通じ,中東方面等でタンカーに対する攻撃や拿捕などの事態が複数発生した。外航貨物海上保険は,戦争やテロの危険による損害を填補するが,今次発生した攻撃はいずれも行為者・動機ともに不明であり,何らかの謀略を企図したものと考えられている。こうした事象は約款上においてどう解釈されるであろうか。外航貨物海上保険は,保険者の損害填補については英法を準拠法としていることから,この解釈は英法に拠らなくてはならない。また,イランとイギリスが互いにタンカーの拿捕を行ったが,約款が規定する拿捕・捕獲などの危険は国際法上の法律行為であることから,英法上の解釈もさることながら,国際法上の意義が前提的に存在している。本稿は,こうした海上保険特有の約款解釈問題と法律的背景について考える。

■キーワード

 拿捕,攻撃,海上保険

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 239 − 266

因果関係の判断方法

―損保系傷害保険における原因の競合類型を中心として―

勝野 真人

■アブストラクト

 本稿では損害保険会社が提供する傷害保険を対象に,原因の競合が問題となるケースにおける因果関係の判断方法につき,主として裁判例の分析を行った上で,考察を試みることを目的とする。
 原因の競合が問題となるケースは,大きく分けて,疾病先行型,外来事故先行型及び補完的因果関係が問題となるものの3つに分類することができる。本稿ではこの分類に従い,それぞれの類型において留意すべき前提問題が存在する場合にはその検討を行った上で,裁判例を分析する。
 裁判例を分析したところによれば,裁判所においては,かなり緩やかな関連性が存在すれば因果関係の存在が認められているものと思われ,保険者が想定していると思われる範囲を超えて保険金の支払が命じられることが多いように見受けられた。もっとも,そのような傾向を是とすべきか否かは今後更に議論されるべき問題である。

■キーワード

 「直接の結果」,相当因果関係,身体傷害

■本 文

『保険学雑誌』第648号 2020年(令和2年)3月 , pp. 267 − 294