保険学雑誌 第646号 2019年(令和元年)9月
改正前商法における「第三者のためにする保険」に関する一試論
—イタリア学説を契機として—
今井 薫
■アブストラクト
わが国保険法がいう「第三者のためにする保険」は,イタリア民法典では二種類ある。すなわち,per conto型契約とa favore型契約であるが,イタリア法においては,前者は損害保険のみならず生命保険(あるいは人保険一般)に広く適用されるのに対し,後者は生命保険にのみ適用される。ところが,旧ドイツ保険契約法(für fremde Rechnung型契約)がそうであったためか, わが国では一般に前者が損害保険,後者(ドイツではBezugsberechtigung)が生命保険などの人保険と解されてきた。しかし,2008年のドイツ保険契約法では,「für fremde Rechnung型契約」も,人保険に適用されるよう条文の位置が変更された。そこで,わが国の改正前商法でも,per conto型契約は生命保険に適用可能であったのではないか,さらには,「他人の生命の保険」とは,per conto型人保険の利益処分に関する規律にすぎなかったのではないか,という視点から再検討を行った。
■キーワード
第三者のためにする契約,per conto型(他人の計算による)契約,a favore型(本来の「第三者のためにする」)契約
■本 文
『保険学雑誌』第646号 2019年(令和元年)9月, pp. 1 − 20
生命保険募集人に関する新たな基準による推計
小山 浩一
■アブストラクト
生命保険販売チャネルに関する俯瞰的分類は「営業職員—代理店使用人」である。これに対して損害保険では「専属—乗合」と「専業—副業」による区分が行われている。
生命保険販売チャネルについても「専業—副業」を区分した上で「専業の中での営業職員と代理店使用人」間関係を検討する必要がある。本稿は以上の観点から「専業—副業」による保険募集従事者の区分別推計を経済センサスデータの利用により行った。推計の結果,専業生命保険募集従事者は,平成11~28年で見た場合,就業者人口の0.58%程度で安定している。同時に専業従事者における営業職員比率は低下している。都道府県別にみた場合,営業職員比率の高い地域では,保険媒介代理業小規模事業所での従業者比率が高く常用雇用者比率が低い。営業職員比率の低い地域では,保険媒介代理業大規模事業所での従業者比率が高く,常用雇用者比率が高い。後者において営業職員から代理店使用人への移行が進んだ可能性を確認できる。
生命保険販売チャネルについても「専業—副業」を区分した上で「専業の中での営業職員と代理店使用人」間関係を検討する必要がある。本稿は以上の観点から「専業—副業」による保険募集従事者の区分別推計を経済センサスデータの利用により行った。推計の結果,専業生命保険募集従事者は,平成11~28年で見た場合,就業者人口の0.58%程度で安定している。同時に専業従事者における営業職員比率は低下している。都道府県別にみた場合,営業職員比率の高い地域では,保険媒介代理業小規模事業所での従業者比率が高く常用雇用者比率が低い。営業職員比率の低い地域では,保険媒介代理業大規模事業所での従業者比率が高く,常用雇用者比率が高い。後者において営業職員から代理店使用人への移行が進んだ可能性を確認できる。
■キーワード
「専業―副業」基準,保険媒介代理業,常用雇用者比率
■本 文
『保険学雑誌』第646号 2019年(令和元年)9月, pp. 21 − 38
生命保険契約における復活と危険選択の範囲
村上 裕行
■アブストラクト
復活において,保険者にどの程度の裁量が認められ,どのような危険選択が許されるかという問題について,保険者の危険選択の必要性と保険契約者の契約継続への期待の保護の調整について具体的に検討することで妥当な結論を探る。失効前の健康状態の悪化という事情についても,この観点から危険選択の対象として独自の意義付けをすることが可能であると考える。しかし,失効前の健康状態の悪化という事情を危険選択の対象から全く除外することは困難であり,他の事情と総合して信義則また権利の濫用を検討できるに留まると考える。
■キーワード
復活,危険選択,保険契約者の保護
■本 文
『保険学雑誌』第646号 2019年(令和元年)9月, pp. 39 − 54
保険法42条に関する小考
—大阪高裁平成27年4月23日判決を契機に—
大塚 英明
■アブストラクト
保険法42条は,他人のためにする生命保険契約において保険金受取人として指定された者は固有権として当然に保険金請求権を取得できると定める。もともと他人のためにする生命保険契約は,民法の第三者のためにする契約の亜種と捉えられている。民法ではこの種の契約において,受益者が契約成立時に「受益の意思表示」をもってそれによる契約上の利益を享受できるかどうかを確定する。この面から見れば,42条はこのステップを排してしまった。その結果,とくに保険事故発生後に保険金受取人が生命保険契約上の利益を享受したくないという意思を表明したときに,理論的混乱が生じることとなった。私法上の「権利」の一般則に従い債権者の放棄をそのまま債務者に対する免除と捉えて良いか,あるいは保険法の解釈として別様に解する余地があるのかが問題となる。平成27年の大阪高裁判決は前者と解したが,保険法では伝統的に,受取人の権利放棄により契約が自己のための生命保険契約へと転化すると解する論者が多い。本稿は,この伝統的な解釈の理論的背景を,「対価関係の欠缺」という観点から掘り下げて再考することを目的としている。
■キーワード
第三者のためにする生命保険契約,受取人の権利放棄,受益の意思表示
■本 文
『保険学雑誌』第646号 2019年(令和元年)9月, pp. 55 − 78
プロスペクト理論におけるリスク認知と「バイアス」
—保険とギャンブルの合理性について—
田島 正士
■アブストラクト
本稿では,第1にプロスペクト理論の「認知バイアス」の合理性について扱う。第2にプロスペクト理論の図示による新しい簡潔な説明方法について述べる。プロスペクト理論の価値関数は期待効用理論の効用関数に当たるが,この2つは利得がマイナスの領域で大きく異なる。ここではその妥当性を論じる。また,合理的根拠に基づいて,価値関数・確率加重関数を重ね合わせることで何が示されるかを述べる。本稿の結論としては,合理性に基づく図示からパラドックスなどのかなりの部分が説明可能としている。
■キーワード
プロスペクト理論,期待効用,バイアス
■本 文
『保険学雑誌』第646号 2019年(令和元年)9月, pp. 79 − 97
ドイツにおける保険会社ガバナンスについて
栁田 宗彦
■アブストラクト
ドイツのガバナンス体制は,業務執行を行う取締役会を監視・監督する監督役会が特徴となっている。この監督役会は,一般的に半数は株主から選出されるが,残り半分は従業員から選出される。さらに,監督役会が取締役会のメンバーの選任および退任を決められるという強力な権限を持っている。監督役会と取締役会という二層式となっており,この形式はEUの会社法に おいても選択できるガバナンス形態となっており,ドイツの保険会社として選択している会社がある。さらに,相互会社の場合は,3分の1が従業員から選出だが,残り3分の2は契約者が選出することとなっており,契約者を重視したガバナンスとして注目すべきものと考えられる。わが国の会社法において従業員は債権者に過ぎないのに対して,実態は従業員重視であり,ドイツのガバナンスはわが国のガバナンスにも参考となろう。
■キーワード
ドイツ,ガバナンス,監督役会(監査役会)
■本 文
『保険学雑誌』第646号 2019年(令和元年)9月, pp. 99 − 127
最新英国保険判例にみる保険者と被保険者の義務
—Ted Baker v AXA—
森 明
■アブストラクト
本件は,衣料品や雑貨を扱う流行商品路面店Ted Bakerの英国の自社倉庫従業員らが2000年~2008年に少しずつ商品を盗んだ事件である。従業員の盗みは保険の対象とされたが,被保険者は損害協定協力義務違反等を問われ保険者勝訴となった。
近年国際化の波に乗り多くの日本法人が海外に進出しているので,勢い日本損保の現地法人がこれらの保険を直接引受ける事が増えている。また,本件のように日本法人ではない事業会社の保険を間接的(共同保険や再保険)に引受ける場合も出て来た。本件—Ted Baker & No Ordinary Designer Label v AXA, Fusion Insurance & TMEI—は後者の事例で,共同保険者として被告側に立った一例である。
近年国際化の波に乗り多くの日本法人が海外に進出しているので,勢い日本損保の現地法人がこれらの保険を直接引受ける事が増えている。また,本件のように日本法人ではない事業会社の保険を間接的(共同保険や再保険)に引受ける場合も出て来た。本件—Ted Baker & No Ordinary Designer Label v AXA, Fusion Insurance & TMEI—は後者の事例で,共同保険者として被告側に立った一例である。
■キーワード
最大善意(Utmost Good Faith),明徴説明義務(Duty to Speak), 訴訟費用(Costs)
■本 文
『保険学雑誌』第646号 2019年(令和元年)9月, pp. 129 − 146