保険学雑誌 第666号 2024年(令和6年)9月
生命保険金請求に関する保険法と破産法の交錯
牧 真理子
■アブストラクト
生命保険契約には,「生活保障的側面」と「責任財産的側面」の二面性があり,従前から両者の位置付けが問題とされていた。本稿では,この点について,第三者のためにする生命保険契約に関する最判平成28年4月28日民集70巻4号1099頁を題材に,従前の学説や裁判例を分析し,検討を試みた。
その結果,本判決が示すとおり,抽象的保険金請求権は不確実な権利として保険金受取人に帰属しており,死亡保険金請求権は保険金受取人の破産財団に帰属すると画一的に捉えるしかないこと,第三者のためにする生命保険契約の生活保障的側面は無視できないが,それは破産財団からの放棄や自由財産の拡張によって調整するものではないことを確認した。
第三者のためにする生命保険契約の本質のうち,生活保障的側面の調整のあり方は,保険法上の問題として改めて検討する必要があり,残された課題であると考える。
その結果,本判決が示すとおり,抽象的保険金請求権は不確実な権利として保険金受取人に帰属しており,死亡保険金請求権は保険金受取人の破産財団に帰属すると画一的に捉えるしかないこと,第三者のためにする生命保険契約の生活保障的側面は無視できないが,それは破産財団からの放棄や自由財産の拡張によって調整するものではないことを確認した。
第三者のためにする生命保険契約の本質のうち,生活保障的側面の調整のあり方は,保険法上の問題として改めて検討する必要があり,残された課題であると考える。
■キーワード
抽象的保険金請求権,破産財団,自由財産の拡張
■本 文
『保険学雑誌』第666号 2024年(令和6年)9月, pp. 1 − 20
アメリカ洪水保険制度の歴史的検討
—収用法理(takings doctrine)との関係を中心に—
嘉村 雄司
■アブストラクト
わが国の水害に関する保険制度の議論において,アメリカの洪水保険制度(NFIP)の仕組みが注目されてきた。もっとも,現状のNFIPは,その創設にあたって検討されていた氾濫原管理規制の目的を実現できているとはいえないと思われる。本稿では,その要因を明らかにするために,NFIPが依拠する氾濫原管理規制と収用法理(takings doctrine)との関係に着目した検討を行うこととしたい。
連邦最高裁が提示した収用法理は,氾濫原の開発から生ずる便益を土地所有者に与えるのに対し,洪水リスクの費用を政府や納税者に転嫁する可能性がある。その結果,より多くの人々を危険な地域へと誘う逆インセンティブを生じさせることになり,土地所有者は自らが全費用を負担する場合よりも多くのリスクを取るようになるかもしれない。収用法理によってもたらされる効果は,NFIPが目指す方向性と相反するものであり,NFIPの依拠する氾濫原管理規制が有効に機能していない要因となっている可能性がある。
連邦最高裁が提示した収用法理は,氾濫原の開発から生ずる便益を土地所有者に与えるのに対し,洪水リスクの費用を政府や納税者に転嫁する可能性がある。その結果,より多くの人々を危険な地域へと誘う逆インセンティブを生じさせることになり,土地所有者は自らが全費用を負担する場合よりも多くのリスクを取るようになるかもしれない。収用法理によってもたらされる効果は,NFIPが目指す方向性と相反するものであり,NFIPの依拠する氾濫原管理規制が有効に機能していない要因となっている可能性がある。
■キーワード
水害保険,アメリカ洪水保険制度(National Flood Insurance Program),収用法理(takings doctrine)
■本 文
『保険学雑誌』第666号 2024年(令和6年)9月, pp. 21 − 45
損害保険における事故自動車の修理工賃単価の決定方法の現状と課題
饗庭 靖之
■アブストラクト
自動車車体整備業者が持続的に事業を行うために解決が必要な問題として,「損保会社と整備業者の団体の間での指数対応単価を引き上げる団体協約締結のための交渉を行うことによる団体協約を締結すること」と,「指定工場制度(DRS)(損保会社が,事故により所有自動車が損傷した保険契約者に対して,自動車の修理を行う整備業者を紹介する制度)において,損保会社が整備業者の技術力に対応した工賃単価に契約上の工賃単価を改善すること」と,「損保会社が損害保険代理店であるディーラーの利益相反行為が生じることを防止すること」があり,これら三つの問題は相互に連関した問題として総合的に解決されていく必要がある。
これらの問題は,自動車保険の適用ある自動車の所有者との接点を,損保会社や自動車ディーラーが主に持っているため,整備業者は,損保会社やディーラーから仕事を受注することにより,実質的な下請業者となっていることを原因として生じている。
しかし,自動車車体整備業者は,自動車の再利用を担う事業者であり,自動車産業の SDGs の担い手であるとともに,損害保険において事故車の修理を行うことにより,自動車保険の保険契約者の被った被害を回復する損害保険にとって不可欠な存在である。
上記の三つの問題を総合的に解決していくことができるのは,損保会社であり,自動車保険において保険契約者が被る損害を回復するうえでの損保会社にとって不可欠のパートナーである整備業者が技術力を生かして,自動車の被った損害を回復させる業務を行うことを,損保会社が支援していくという姿勢を持つことによって,自動車車体整備業が現在の再生産が困難な状況を脱し,諸外国と同様に自動車を巡る SDGs の担い手として活躍再生していく状況を作り出すことができる。
これらの問題は,自動車保険の適用ある自動車の所有者との接点を,損保会社や自動車ディーラーが主に持っているため,整備業者は,損保会社やディーラーから仕事を受注することにより,実質的な下請業者となっていることを原因として生じている。
しかし,自動車車体整備業者は,自動車の再利用を担う事業者であり,自動車産業の SDGs の担い手であるとともに,損害保険において事故車の修理を行うことにより,自動車保険の保険契約者の被った被害を回復する損害保険にとって不可欠な存在である。
上記の三つの問題を総合的に解決していくことができるのは,損保会社であり,自動車保険において保険契約者が被る損害を回復するうえでの損保会社にとって不可欠のパートナーである整備業者が技術力を生かして,自動車の被った損害を回復させる業務を行うことを,損保会社が支援していくという姿勢を持つことによって,自動車車体整備業が現在の再生産が困難な状況を脱し,諸外国と同様に自動車を巡る SDGs の担い手として活躍再生していく状況を作り出すことができる。
■キーワード
指数対応単価,指定工場制度(DRS),中小企業等協同組合法の団体協約締結のための交渉
■本 文
『保険学雑誌』第666号 2024年(令和6年)9月, pp. 47 − 71
日本人の寿命限界について
大森 義夫
■アブストラクト
本稿は日本人の寿命限界を,男はグンベル分布,女はワイブル分布で算出した。その結果値は男が119歳,女が122歳である。この値は男が1967~2020年,女が1966~2023年の長寿者没年数より推計したものである。もとより,平均寿命は伸びているので,寿命限界も遺伝子の突然変異やiPS細胞(Induced Pluripotent Stem cell,人工多能性幹細胞)の実用化等により代謝効率が高まれば,更に伸びるが,ここ数年では困難であると考えている。
第二点は,寿命限界値の推計にあたって,男は老衰死亡の最高年数,女は105歳以上のそれが適しているとするものである。その理由は誕生から死亡に至るまでを三区分し,男は比較的医療技術の影響を受けない老衰死亡の最高年齢の分布とデータ解析によりグンベル分布が,女は三区分の最高値105歳以上の死亡率分布が一様分布になると仮定できることとデータ解析により,女はワイブル分布が寿命限界の推計に適しているとするものである。
第三点は,病死も老衰死亡(自然死)も遺伝子と環境が関係している。このため,細胞の寿命から個体の寿命限界値を推計することが困難であり,統計調査を利用するのが適していると考えたのが本稿である。
第二点は,寿命限界値の推計にあたって,男は老衰死亡の最高年数,女は105歳以上のそれが適しているとするものである。その理由は誕生から死亡に至るまでを三区分し,男は比較的医療技術の影響を受けない老衰死亡の最高年齢の分布とデータ解析によりグンベル分布が,女は三区分の最高値105歳以上の死亡率分布が一様分布になると仮定できることとデータ解析により,女はワイブル分布が寿命限界の推計に適しているとするものである。
第三点は,病死も老衰死亡(自然死)も遺伝子と環境が関係している。このため,細胞の寿命から個体の寿命限界値を推計することが困難であり,統計調査を利用するのが適していると考えたのが本稿である。
■キーワード
代謝効率,ゲノム,グンベル分布とワイブル分布
■本 文
『保険学雑誌』第666号 2024年(令和6年)9月, pp. 73 − 92
共同保険のあるべき姿に向けた検討に関する一考察
西羽 真
■アブストラクト
共同保険に対する競争法適用の不明確さの点で我が国と同様の状況が存在した欧州では,2023年に我が国で発覚した問題と共通する部分も多い共同保険に関する保険料調整等に関する疑義が2007年に提起されている。これに対し,我が国では,共同保険に係る独占禁止法適用除外規定の全面削除時に課題とされるべきであった「共同保険への競争法適用範囲の明確化」が置き去りにされた状況の中,当該欧州動向に関心を向けず,それにより2023年の問題発生を抑止する格好の機会を逸してしまった可能性がある。当該動向は,ほぼ同時期に行われたシンジケート・ローンへの競争法適用の整理とあわせ,共同保険の幹事会社が非幹事会社に保険料という機微情報を提供しても独占禁止法に抵触しないとする法的整理に示唆を与えるものであり,綿密な事前調査や関係当局と業界関係者との対話により課題整理を図る検討方法も含め,我が国が共同保険のあるべき姿を検討する際の参考となる。
■キーワード
共同保険,独占禁止法,シンジケート・ローン
■本 文
『保険学雑誌』第666号 2024年(令和6年)9月, pp. 93 − 111