保険学雑誌 第591号 2005年(平成17年)12月
生活保障システムと保険選択行動
―シミュレーション分析による一試論―
林 晋
■アブストラクト
20年後の少子社会を想定して,「保障ニーズ」と「生活保障資源の選択行動」をシミュレーションし,保険業が注目すべき保障ニーズと保険選択行動の変化を考察する。その結果,次の2点が導出された。①生活の安定を促進させる年収や就労割合の増加といった,経済社会の安定に寄与する社会変化に対しては,総じて生命保険や個人年金保険の選択意向が高まる傾向が現れる(死亡保障,医療保障分野では損害保険も同様)。保険業としては,少子社会といった不確実性が高まる社会では社会・経済動向を長期的に展望し,消費者ニーズに柔軟に対応できる基盤作りが必要となろう。②少子社会では「介護保障ニーズ」が高まるが,「生命保険」を介護保障資源として選択する割合が低く,生命保険業としては「生命保険」との結びつきが弱いという状況に注目すべきであろう。介護保障市場はまだ未成熟であり,「生命保険」が消費者の介護保障資源の選択対象として,介護市場に定着できるよう検討していくことが求められよう。
■キーワード
少子社会,シミュレーション,保険業
■本 文
『保険学雑誌』第591号 2005年(平成17年)12月, pp. 9 − 28
少子社会における保険業
―保険業の将来変容―
吉澤 卓哉
■アブストラクト
本稿は,来るべき少子社会において今日の保険業がいかなる変容を遂げるかを推測するものである。具体的には,たとえ少子化対策がただちに効を奏したとしても少子社会が継続する今後20年を見据え(~2025年),少子化のもたらす経済的影響を概観したうえで,少子社会における保険業の変容について述べる。結論としては,まず第1に,既存の保険商品を前提とすると,少子社会となって全体の保険料規模が縮小すると考えられる。したがって,従前どおりの経営をしていると,特別の経営の失敗がなくとも,自動的に当該保険会社の事業規模が縮小していくことになる。第2に,少子化に伴って社会・経済の変化が起きるので,将来変化を見据えた長期的な検討・準備・対策が必要である。この長期的な対応次第で,現在の業界地図が塗り変わる可能性がある。
■キーワード
少子化,少子社会,保険業
■本 文
『保険学雑誌』第591号 2005年(平成17年)12月, pp. 29 − 48
保険企業の少子化対策と経営戦略
―社会的責任の観点から―
中林 真理子
■アブストラクト
予想以上の速度で進行する少子社会において,保険企業が果たすべき役割は,少子化対策の実践を企業の社会的責任(CSR)の一部と位置づけ,経営戦略に組み入れることである。そして,社会的責任投資(SRI)を用いた少子化対策の可能性についての検討は,そのような対応の有力な一例となりうるものである。
企業の社会的責任を果たすことと,本業での利益を確保することは決して相反することではない。このため,保険企業の経営者は,少子化を所与の要件として法的レベルの少子化対応にとどめるのではなく,経営環境を悪化させる緊急の問題と捉えるべきである。そして,将来的な経営環境改善につながる長期的で積極的な対策を推進することが,最終的には自社の存続条件になる。このような対応が少子社会で保険企業が大規模企業としての社会的責任を果たすことである。
企業の社会的責任を果たすことと,本業での利益を確保することは決して相反することではない。このため,保険企業の経営者は,少子化を所与の要件として法的レベルの少子化対応にとどめるのではなく,経営環境を悪化させる緊急の問題と捉えるべきである。そして,将来的な経営環境改善につながる長期的で積極的な対策を推進することが,最終的には自社の存続条件になる。このような対応が少子社会で保険企業が大規模企業としての社会的責任を果たすことである。
■キーワード
少子化,企業の社会的責任(CSR),社会的責任投資(SRI)
■本 文
『保険学雑誌』第591号 2005年(平成17年)12月, pp. 49 − 65
詐欺行為による保険金請求と保険者の重大事由解除
―アメリカ法におけるフォルス・クレイムを中心に―
福田 弥夫
■アブストラクト
生命保険約款の重大事由解除規定は,保険契約者,被保険者又は保険金受取人が,保険契約の締結後に,故意の保険事故招致や保険事故発生の仮装による保険金請求などの詐欺的な請求を行った場合に,保険者による解約を認める。これは,モラル・リスク対応策のひとつとして主契約約款に導入されたものであるが,どのような場合に解除権の行使が認められるのかという点に問題がある。さらに,契約締結時に問題がなく,主契約の保険事故も問題なく発生したにもかかわらず,付随契約についての保険金受取人による詐欺的な請求行為があった場合には,重大事由による解除によって,保険契約は契約締結時に遡って消滅し,保険者は主契約の保険金支払い義務までも免れることになると解釈できるような表現となっている。福岡高裁平成15年3月27日判決を取り上げ,はたしてそのような解釈が妥当であるかにつき,アメリカ法との比較からこの問題を検討する。
■キーワード
重大事由解除・特別解約権・遡及効
■本 文
『保険学雑誌』第591号 2005年(平成17年)12月, pp. 91 − 110
損害保険契約における偶然性についての一考察
佐野 誠
■アブストラクト
商法629条は損害保険契約の対象を「偶然ナル一定ノ事故」と規定するが,わが国の通説によればそこでの「偶然性」とは「契約成立の当時において,その事故の発生と不発生がいずれも可能であって,しかもそのいずれとも未だ確定していないこと」をいい,事故が被保険者の故意によるものではないことを意味しないとされている。一方,傷害保険契約の対象は約款において「急激かつ偶然な外来の事故」と規定されているが,判例・通説ではここでの「偶然性」は事故が被保険者の故意によるものではないことであるとされ,同じ「偶然性」の用語でも保険種類により異なった意味に解釈されている。しかし,損害保険制度の制度目的から検討すると,商法629条の「偶然性」についても被保険者の故意によるものではないと解釈することができると考えられる。ただし,その場合の故意とは被保険者における主観的蓋然性が存在するものに限定される。
■キーワード
偶然性,非故意性,主観的蓋然性
■本 文
『保険学雑誌』第591号 2005年(平成17年)12月, pp. 111 − 130