保険学雑誌 第658号 2022年(令和4年)9月
公的介護保険の持続可能性に関する考察
—「財政健全化に向けた建議」の検証—
谷口 豊
■アブストラクト
我が国においては高齢化が進み介護給付費は年々増加している。介護保険制度の持続可能性を確保するためには,介護保険制度の受益と負担の均衡を図る施策がますます重要になっている。2021年5月に財政制度等審議会財政制度分科会(財務省)でまとめられた「財政健全化に向けた建議」では,介護保険制度の持続可能性を確保するための施策が提唱された。施策の内容は,ケアマネジメントの在り方の見直し,区分支給限度額の在り方の見直し,居宅サービスについての保険者等の関与の在り方の見直し,軽度者に対する居宅療養管理指導サービス等の給付の適正化などである。本稿では,これらの見直しの方向性の是非について検証を行う。分析の結果,「財政健全化に向けた建議」で提唱された「居宅サービスについての保険者等の関与の在り方の見直し」はその妥当性が確認できたものの,「ケアマネジメントの在り方の見直し」「区分支給限度額の在り方の見直し」および「軽度者に対する居宅療養管理指導サービス等の給付の適正化」について妥当性が確認できなかった。
■キーワード
財政健全化に向けた建議,標準化介護費用比,通所サービス
■本 文
『保険学雑誌』第658号 2022年(令和4年)9月, pp. 21 − 40
若者たち(大学生)にとっての金融リテラシーの意義
—視点をかえて—
大蔵 直樹
■アブストラクト
金融リテラシーをめぐる現状には二つの重要な論点が所在する。第一は,設問に対する『正答(率)』にて達成度を測ることに研究の重点が当てられている,という現状への問題意識から出発するものである。第二は,若者たちが金融リテラシーを身に付けることで自分自身に何がもたらされ,社会全体にとっても何がもたらされるのか,という点が主題として議論されていないという問題意識から出発するものである。本論文は,若者たちが金融リテラシーを身に付ける意義および金融リテラシーの捉え方に関する問題提起を研究の目的とする。本論文の研究の成果は,「わからない」との回答に焦点を当てた考察は合理的であり,達成度だけで評価するのではなく社会的課題と結び付けた捉え方が重要であるとの解釈を導き出したことである。今後の展望として,金融リテラシーを身に付けることが若者たちの生きる力につながり,社会全体のWell-beingにもつながるという方向での金融リテラシー研究が展開され,その結果,自らのWell-beingと社会全体の課題を結び付けて捉える若者たちが増加することは,社会経済の一層の発展にも資するとの取りまとめを行った。
■キーワード
若者たち,DK(わからない “don’t know”),Well-being
■本 文
『保険学雑誌』第658号 2022年(令和4年)9月, pp. 41 − 67
COVID-19と事業中断保険
—[2021]UKSC 1 FCA BI Test Case—
森 明
■アブストラクト
2021年1月15日に英国最高裁判所でCOVID-19(非損害賠償型)事業中断保険について大凡保険者敗訴の判決が言い渡された。
本件は主として中小企業の保険契約者を代表して英国金融行為規制機構(Financial Conduct Authority : FCA)が主な保険者8社を相手に起こした「試験訴訟」(test case)である。そしてこれは本件の担当判事らが関与した自らの先例(審理日数3週間の仲裁と高等法院商事法廷)を否認した極めて珍しい事案である。
更に驚くべきは「準備書面」と「公判記録」がFCAから「公開」されたことである。これは前代未聞の出来事で,筆者がこれらを試算した処,合計で1,938頁もあった。公法でもなく民法で,それも商法の中の一保険判例でありこれは「空前絶後」のものである。
保険金請求金額の算定〜協定には判決言渡し後に関係者に諮問を行ない,最終的に2021年3月3日にFCAが発表した「指針」(全30頁)に基いて処理されることになったが,個々の別事件では争いは可能である。183の接客業者が英国中國太平保險を相手に「仲裁」に持ち込み,その裁定がLord Manceにより2021年9月10日に出され同日それが「公開」されたのが最新のものである。
更に本件絡みで「再保険者」はどう対応するか?即ち,保険金勘定を最後に支払う危険(Tail Risk)を誰がどれだけ負うか不明である。従って本件は現在進行形の事案でもある。
尚,高等法院と最高裁で44名の法廷代理人が関与した事例で,その判決文は合計313頁にも上る大作である。判例の射程範囲も多岐に亘るので今回は主として「因果関係論」—特に海上保険と共同海損の判例法と実務—に絞り報告する。
本件は主として中小企業の保険契約者を代表して英国金融行為規制機構(Financial Conduct Authority : FCA)が主な保険者8社を相手に起こした「試験訴訟」(test case)である。そしてこれは本件の担当判事らが関与した自らの先例(審理日数3週間の仲裁と高等法院商事法廷)を否認した極めて珍しい事案である。
更に驚くべきは「準備書面」と「公判記録」がFCAから「公開」されたことである。これは前代未聞の出来事で,筆者がこれらを試算した処,合計で1,938頁もあった。公法でもなく民法で,それも商法の中の一保険判例でありこれは「空前絶後」のものである。
保険金請求金額の算定〜協定には判決言渡し後に関係者に諮問を行ない,最終的に2021年3月3日にFCAが発表した「指針」(全30頁)に基いて処理されることになったが,個々の別事件では争いは可能である。183の接客業者が英国中國太平保險を相手に「仲裁」に持ち込み,その裁定がLord Manceにより2021年9月10日に出され同日それが「公開」されたのが最新のものである。
更に本件絡みで「再保険者」はどう対応するか?即ち,保険金勘定を最後に支払う危険(Tail Risk)を誰がどれだけ負うか不明である。従って本件は現在進行形の事案でもある。
尚,高等法院と最高裁で44名の法廷代理人が関与した事例で,その判決文は合計313頁にも上る大作である。判例の射程範囲も多岐に亘るので今回は主として「因果関係論」—特に海上保険と共同海損の判例法と実務—に絞り報告する。
■キーワード
COVID-19,(非損害型)事業中断保険,因果関係論(直接損害と間接損害)
■本 文
『保険学雑誌』第658号 2022年(令和4年)9月, pp. 69 − 92
古典生保数理の有効性
—1770年代の英国エクイタブル生命におけるバリュエーション実務の構築について—
田中 浩一
■アブストラクト
1770年代の英国エクイタブル生命において,プライスとモーガンによる世界最初の生命保険会社のバリュエーションが実施されるに至った。このバリュエーション実務の構築を通じて,責任準備金概念を使用した統一的な契約価値評価に基づく生命保険会社の全体の財政状況の検証とそれに基づく経営の枠組みが姿を現わしたことになるが,本稿では,それとともに,その枠組みを実行可能とするために必要な大量の計算について,当時の計算力でもタイムリーに算出可能とする計算の体系が考案されたことを示す。この計算の工夫において,純粋数学の活用が効率性につながり,体系的数学が有効に保険数理へ持ち込まれているため,ここで古典生保数理が完成したと言えると主張する。また,既存の研究によりながら,当時において,この古典生保数理の事例が組織運営における定量的評価に基づく管理やその管理における計算などの知的労働の効率化の効果を示す事例とみなされ,他分野へ影響したことも指摘する。
■キーワード
リチャード・プライス,ウィリアム・モーガン,古典生保数理
■本 文
『保険学雑誌』第658号 2022年(令和4年)9月, pp. 93 − 120