保険学雑誌 第664号 2024年(令和6年)3月
マイクロ保険の意義とその規制課題
—マイクロ保険研究総論—
梅津 昭彦
■アブストラクト
近年,新興国市場で注目されているマイクロ保険についてその現状を紹介し,特にその規制に向けた論点整理をマイクロ保険の関係者であるその提供者と仲介者を中心に行う。そのためには,そもそもマイクロ保険とは何かという意義付け(定義)が必要となるところ,本共通論題のための研究会ではマイクロ保険を,「低所得者層に向けられた,そしてそれらの者が抱えるリスクを付保するために設計された保険であり,保険契約者または被保険者となる者に利益が通常の保険の場合よりも一層配慮されなければならないもの」と理解した。ただし,マイクロ保険も私的保険のひとつであり,保険の一般原則に基づき運営されることが基本である。新興国を中心にマイクロ保険を規制するための特別の法令,または当該国の保険法(保険業法)の中でそれを規制する動きが見られるが,マイクロ保険の対象である低所得者層の保護を主眼に規制内容も柔軟に対応しなければならない。
■キーワード
マイクロ保険,マイクロ保険提供者,マイクロ保険仲介者
■本 文
『保険学雑誌』第664号 2024年(令和6年)3月, pp. 35 − 64
マイクロ生命保険商品について
片山 ゆき
■アブストラクト
マイクロ生命保険商品は,これまで農村部や低所得者層を主な対象として販売され,その普及が進んでいる。例えばマイクロクレジットなどローンに付帯し,強制加入の信用生命保険などが挙げられる。また,新型コロナウイルス禍以降は,健康への関心が高まり,さらに普及を後押ししている。
一方,新型コロナウイルス禍による非接触型の消費の促進,世界的なデジタル化の進展は,マイクロ生命保険に新たな役割をもたらしている。それは,加入対象を低所得層としつつも,これまで保険に加入したことがない若年層や非正規労働者をも包摂し,デジタル技術を活用した新たな仕掛けや仕組みである。オンラインを通じた手続きなどの利便性の向上にとどまらず,保険加入によって,雇用の不安定化の改善,都市生活の安定化などその機能の裾野を拡大している。
一方,新型コロナウイルス禍による非接触型の消費の促進,世界的なデジタル化の進展は,マイクロ生命保険に新たな役割をもたらしている。それは,加入対象を低所得層としつつも,これまで保険に加入したことがない若年層や非正規労働者をも包摂し,デジタル技術を活用した新たな仕掛けや仕組みである。オンラインを通じた手続きなどの利便性の向上にとどまらず,保険加入によって,雇用の不安定化の改善,都市生活の安定化などその機能の裾野を拡大している。
■キーワード
マイクロ保険,マイクロ生命保険
■本 文
『保険学雑誌』第664号 2024年(令和6年)3月, pp. 65 − 76
マイクロ保険提供者の監督規制のあり方に関する一考察
小野寺 千世
■アブストラクト
マイクロ保険の現状と課題を考察するにあたり,本稿では,マイクロ保険提供の主体であるマイクロ保険提供者について考察する。
さまざまなマイクロ保険のビジネスモデルにおいて,マイクロ保険提供者の組織形態は多様であり,保険監督規制に服する公式保険者だけでなく,規制が及ばない非公式保険者が存在する。マイクロ保険提供者は特有のリスクを抱えることから,これらのリスクを回避し,マイクロ保険契約者の保護を図るための監督規制が必要であると考えられる。
マイクロ保険の普及が進んでいるインド,フィリピン,南アフリカでは,マイクロ保険提供者を監督する機関を法的に位置づけ,監督機関によるマイクロ保険提供者への監督法規が整備されている。
マイクロ保険提供者の監督,法規制のあり方としては,各国におけるマイクロ保険の需要や社会保障制度との調整等を考慮しながら,マイクロ保険提供者の事業継続性を確保しうる枠組みを構築する必要がある。
さまざまなマイクロ保険のビジネスモデルにおいて,マイクロ保険提供者の組織形態は多様であり,保険監督規制に服する公式保険者だけでなく,規制が及ばない非公式保険者が存在する。マイクロ保険提供者は特有のリスクを抱えることから,これらのリスクを回避し,マイクロ保険契約者の保護を図るための監督規制が必要であると考えられる。
マイクロ保険の普及が進んでいるインド,フィリピン,南アフリカでは,マイクロ保険提供者を監督する機関を法的に位置づけ,監督機関によるマイクロ保険提供者への監督法規が整備されている。
マイクロ保険提供者の監督,法規制のあり方としては,各国におけるマイクロ保険の需要や社会保障制度との調整等を考慮しながら,マイクロ保険提供者の事業継続性を確保しうる枠組みを構築する必要がある。
■キーワード
マイクロ保険,マイクロ保険提供者,監督規制
■本 文
『保険学雑誌』第664号 2024年(令和6年)3月, pp. 77 − 105
マイクロ保険仲介者と加入者保護の枠組みについて
遠山 聡
■アブストラクト
マイクロ保険仲介者の意義や役割,マイクロ保険の対象となる加入者層を保護するための枠組みを概観し,その検討課題を明らかにする。マイクロ保険の普及が進む国は少なくないが,インド,フィリピン,南アフリカは監督機関によるマイクロ保険仲介者等に対する具体的な監督規制を設けており,これらの国々の法規制を対象に検討を行う。
およそマイクロ保険の流通にあたっては,マイクロ保険の提供者とその対象となる顧客との間に保険商品の購買動機となる信頼が欠如している状況にあるが,そこで重要な役割を果たすのがマイクロ保険仲介者である。マイクロ保険は,安価な保険料により提供されることが求められるため,募集人等の資格登録のためのトレーニング要件を緩和してコスト削減が図られるが,他方で,仲介者として必要な資質や能力,遵法精神を有しない仲介者による不適切販売も懸念される。監督規制によってバランスのとれた加入者保護が要求される。より低廉な紛争解決システムの導入も課題である。
およそマイクロ保険の流通にあたっては,マイクロ保険の提供者とその対象となる顧客との間に保険商品の購買動機となる信頼が欠如している状況にあるが,そこで重要な役割を果たすのがマイクロ保険仲介者である。マイクロ保険は,安価な保険料により提供されることが求められるため,募集人等の資格登録のためのトレーニング要件を緩和してコスト削減が図られるが,他方で,仲介者として必要な資質や能力,遵法精神を有しない仲介者による不適切販売も懸念される。監督規制によってバランスのとれた加入者保護が要求される。より低廉な紛争解決システムの導入も課題である。
■キーワード
マイクロ保険,マイクロ保険仲介者,加入者保護
■本 文
『保険学雑誌』第664号 2024年(令和6年)3月, pp. 107 − 134
総合福祉団体定期保険の再考察
—シンガポールの団体保険訴訟事案を手掛かりとして—
泉 裕章
■アブストラクト
団体定期保険(Aグループ保険)に基づく保険金の最終的な帰属先(企業と従業員の遺族のいずれであるか)を巡る問題は,総合福祉団体定期保険の開発と最高裁2006年4月11日判決により,実務上はひとまずの解決を見たとされるものの,今後一切の問題を引き起こす余地がないとは言い切れない。本稿は,こうした問題意識の下,前記最高裁判決と近接した時期(2004年),団体保険に基づく保険金の帰属先を巡って判決が下されたシンガポールの訴訟事案(ただし,高度障害事案)を手掛かりとし,総合福祉団体定期保険に基づく保険金の帰属先を巡る問題について再考察することを目的とする。その結果は次のとおりであった。
シンガポールの訴訟事案の最上級審判決は最終的に否定したものの,その原審判決は,場合によっては,受益者を従業員とする信託が成立し得ることを示唆している。この点,わが国においても,公共工事前払代金について信託契約が成立する旨を判示した2002年最高裁判決が存在している。この論理を応用すると,被保険者の同意が欠如した総合福祉団体定期保険の場合,従業員の遺族の生活保障が保険の目的である旨が約款に明記された当該保険の主契約においては,保険料が前払いされている場合の当該部分につき,払戻金がないとされる原則的取扱いにもかかわらず前払金の残額は払い戻される旨の約款規定を梃子に,信託契約が成立し,当該部分に対応する保険金額が受益者たる従業員の遺族に帰属することになると考えられる。一方,ヒューマン・ヴァリュー特約については,信託契約の成立に必要な目的要件の理解次第で,信託契約の成否両論があり得る。いずれにせよ,保険実務としては,被保険者同意の適正な取得等を確実に履践することが重要である。
シンガポールの訴訟事案の最上級審判決は最終的に否定したものの,その原審判決は,場合によっては,受益者を従業員とする信託が成立し得ることを示唆している。この点,わが国においても,公共工事前払代金について信託契約が成立する旨を判示した2002年最高裁判決が存在している。この論理を応用すると,被保険者の同意が欠如した総合福祉団体定期保険の場合,従業員の遺族の生活保障が保険の目的である旨が約款に明記された当該保険の主契約においては,保険料が前払いされている場合の当該部分につき,払戻金がないとされる原則的取扱いにもかかわらず前払金の残額は払い戻される旨の約款規定を梃子に,信託契約が成立し,当該部分に対応する保険金額が受益者たる従業員の遺族に帰属することになると考えられる。一方,ヒューマン・ヴァリュー特約については,信託契約の成立に必要な目的要件の理解次第で,信託契約の成否両論があり得る。いずれにせよ,保険実務としては,被保険者同意の適正な取得等を確実に履践することが重要である。
■キーワード
信託,ヒューマン・ヴァリュー特約,被保険者同意
■本 文
『保険学雑誌』第664号 2024年(令和6年)3月, pp. 155 − 184
生命保険会社と格付情報
—再保険,ソルベンシー・マージン比率と財務的健全性—
徳常 泰之
■アブストラクト
日本版金融ビッグバン以降,保険業界を含めた金融業界において規制緩和が進み,保険会社による情報開示が大きく前進し,格付情報を取得する保険会社が増加してきた。本稿では生命保険会社における格付情報の取得,内容と変化に着目し,格付情報が生命保険会社の保険契約の引き受けに与える影響について分析を試みた。またソルベンシー・マージン比率についても同様に分析を試みた。
格付情報を用いた分析では,受再保険料または責任準備金を被説明変数にしたモデルともに一定の説明力があった。またソルベンシー・マージン比率を用いた分析でも,受再保険料または責任準備金を被説明変数としたモデルでも一定の説明力があった。格付情報の変化やソルベンシー・マージン比率の変化が生命保険会社の業績に影響を与えている可能性が確認できた。また出再する保険会社によって国内の保険会社を受再保険会社として選好している可能性が認められた。
格付情報を用いた分析では,受再保険料または責任準備金を被説明変数にしたモデルともに一定の説明力があった。またソルベンシー・マージン比率を用いた分析でも,受再保険料または責任準備金を被説明変数としたモデルでも一定の説明力があった。格付情報の変化やソルベンシー・マージン比率の変化が生命保険会社の業績に影響を与えている可能性が確認できた。また出再する保険会社によって国内の保険会社を受再保険会社として選好している可能性が認められた。
■キーワード
生命保険会社,格付情報,再保険
■本 文
『保険学雑誌』第664号 2024年(令和6年)3月, pp. 185 − 204
被害者救済の観点からみた自動運転の展望と課題
—イギリスを比較対象として—
榎木 貴之
■アブストラクト
自動運転において,自動車損害賠償保障法の適用がない物損では,運転者等の過失立証が容易でないから被害者救済は後退する。製造物責任の欠陥立証が容易になる可能性もあるが,引渡し後の問題をカバーしづらいことや,被害者によるデータ利用方法が確立していないことから,実効性に欠ける。
人損被害者の救済は概ね現状からの後退はないが,同時多発的に生じ得るハッキング事故等への手当は必要である。また自動車損害賠償保障法がファーストパーティの損害を担保しないことから,「他人」性判断がより曖昧化する点,人損でも製造物責任追及の必要性が残る点,被害者は自動運転車の挙動を根拠に過失相殺を受けてしまう点などの問題が生じてくる。
このような課題を踏まえ,イギリスのように,物損も含め第一次的な支払責任を保険者に集約し,その後は保険者・製造業者等の間で,バランスを意識して構築された求償スキームを通じた解決を目指すべきである。
人損被害者の救済は概ね現状からの後退はないが,同時多発的に生じ得るハッキング事故等への手当は必要である。また自動車損害賠償保障法がファーストパーティの損害を担保しないことから,「他人」性判断がより曖昧化する点,人損でも製造物責任追及の必要性が残る点,被害者は自動運転車の挙動を根拠に過失相殺を受けてしまう点などの問題が生じてくる。
このような課題を踏まえ,イギリスのように,物損も含め第一次的な支払責任を保険者に集約し,その後は保険者・製造業者等の間で,バランスを意識して構築された求償スキームを通じた解決を目指すべきである。
■キーワード
自動運転の被害者救済,損害保険,イギリスの自動運転関係の法制
■本 文
『保険学雑誌』第664号 2024年(令和6年)3月, pp. 205 − 234