保険学雑誌 第660号 2023年(令和5年)3月
社会課題の解決に向けた保険の意義と課題:問題提起
中出 哲
■アブストラクト
SDGsは,社会が進むべき方向を示したもので,その推進において保険制度や保険事業は重要な役割を担えるかが問われている。保険は,生活や産業の安定や発展において重要な役割を担ってきたことは,その歴史を見ても明らかで,技術革新や社会の発展においても能動的な役割を担ってきた。しかし,一般には,事故後の補償・保障の機能については十分に理解されていても,社会課題の解決において重要な機能を有する点については,十分には認識されていないかもしれない。SDGsが注目される現在,保険の意義を改めて認識する契機とならないか。保険業界や共済団体では,すでにSDGsを踏まえ,社会課題の解決に向けた種々の取組みを進めている。社会課題の解決に向けた保険の意義を改めて認識し,関係領域との協働などをすすめることによって,保険学の意義も高まるのではないか。
■キーワード
SDGs,社会課題の解決,保険制度の意義
■本 文
『保険学雑誌』第660号 2023年(令和5年)3月, pp. 25 − 43
国内における損害保険会社の社会課題解決への貢献
—取組み事例と企業経営にとっての意義—
丸木 崇秀
■アブストラクト
本稿の目的は,損害保険会社の社会課題解決への貢献のあり方を考えると同時に,社会課題に取り組むことが企業としての損害保険会社にもたらすものについて考察することにある。
損害保険会社は,大規模災害対応をはじめとして社会の中で重要な役割を果たしてきているが,SDGsが示すように,企業の社会課題解決への貢献の加速が求められる時代にあって,より幅広い価値を提供する事業体への質的な変化が求められている。均一な保険サービスを提供するために全国をカバーしている拠点網とオペレーション体制や,地域におけるさまざまなステークホルダーとのネットワークといった経営資源(リソース)をレバレッジし,地域コミュニティにおける平時からの連携や災害からの早期復旧・再発防止(強靭化)などにおいて,地域における協働の結び目となって課題解決に貢献する役割が期待される。こうした取組みは,損害保険会社に「社会価値創造人材」の育成や社外との協働機会の増加をもたらし,継続的に変化に対応しイノベーションを生み出すための組織能力の獲得を促す。社会課題解決に向けた取組みは,企業のイノベーション能力と共進化していく関係にある。
損害保険会社は,大規模災害対応をはじめとして社会の中で重要な役割を果たしてきているが,SDGsが示すように,企業の社会課題解決への貢献の加速が求められる時代にあって,より幅広い価値を提供する事業体への質的な変化が求められている。均一な保険サービスを提供するために全国をカバーしている拠点網とオペレーション体制や,地域におけるさまざまなステークホルダーとのネットワークといった経営資源(リソース)をレバレッジし,地域コミュニティにおける平時からの連携や災害からの早期復旧・再発防止(強靭化)などにおいて,地域における協働の結び目となって課題解決に貢献する役割が期待される。こうした取組みは,損害保険会社に「社会価値創造人材」の育成や社外との協働機会の増加をもたらし,継続的に変化に対応しイノベーションを生み出すための組織能力の獲得を促す。社会課題解決に向けた取組みは,企業のイノベーション能力と共進化していく関係にある。
■キーワード
社会課題解決,協働,イノベーション
■本 文
『保険学雑誌』第660号 2023年(令和5年)3月, pp. 45 − 73
生命保険事業における取組と課題
—これまでと,現在,これからのトレンド—
有江 貴文
■アブストラクト
新型コロナウィルス感染症の流行を契機に生命保険の重要性や関心が高まった。潜在的ニーズが表出しにくい生命保険にとって,稀な事象であり,生命保険として大きな転換期となりえたが,その波に乗り切れなかった。社会のニーズの変化に応じた商品が求められる中,生命保険会社としても当然に変化への対応が求められる。
これまで機関投資家として,時々の社会課題に対応してきたが,昨今はルールメイキングに参画することによって,社会課題解決に貢献したい。
SDGsとの関わりも外せない。日本生命はSDGsとの紐付けを過去行ったが,2019年に「SDGs達成に向けた当社の目指す姿」を設定した。
保険の役割が,未病等へのアプローチに変化しており,また関わりも契約者,被保険者からその家族への関わりと拡がりを見せている。これら変化を積極的に受け入れ,企業としての社会価値を高めていくことが肝要。
これまで機関投資家として,時々の社会課題に対応してきたが,昨今はルールメイキングに参画することによって,社会課題解決に貢献したい。
SDGsとの関わりも外せない。日本生命はSDGsとの紐付けを過去行ったが,2019年に「SDGs達成に向けた当社の目指す姿」を設定した。
保険の役割が,未病等へのアプローチに変化しており,また関わりも契約者,被保険者からその家族への関わりと拡がりを見せている。これら変化を積極的に受け入れ,企業としての社会価値を高めていくことが肝要。
■キーワード
社会課題への対応,変化の受け入れ,社会価値創造
■本 文
『保険学雑誌』第660号 2023年(令和5年)3月, pp. 75 − 84
JA共済における地域社会の課題解決に向けた取組み
—協同組合の視点から—
大場 貴之
■アブストラクト
JA共済は,保険会社と同じ保障提供事業者である一方で,農協法に基づく「農業協同組合による共済事業」を扱う団体として,その存在意義や役割,事業活動等において違いがある。
本稿では,「共済,協同組合,JAグループならでは」という観点から,レジリエンス向上を含めた社会課題・地域課題の解決に向けた取組みについて述べるとともに,共済団体としての今後の課題等を提起する。
本稿では,「共済,協同組合,JAグループならでは」という観点から,レジリエンス向上を含めた社会課題・地域課題の解決に向けた取組みについて述べるとともに,共済団体としての今後の課題等を提起する。
■キーワード
協同組合,助け合い,連携
■本 文
『保険学雑誌』第660号 2023年(令和5年)3月, pp. 85 − 98
脱炭素経営と保険企業の役割
—保険学の関連からの課題と展望—
米山 高生
■アブストラクト
SDGsが保険会社および協同組合共済の経営に対して与える影響は大きく受け止めるべきである。しかし17の目標の実現すべてにコミットメントすることは現実的ではない。企業は,ビジネスモデルに則して実現可能な目標を選択肢にコミットメントすることが大事だと思われる。国谷(2019)によれば,SDGsの17の課題はお互いに密接に関連するものが多く,あえて優先課題をあげるならば,地球温暖化ガスの抑制と食糧危機が重要課題であるという。化石燃料の使用によって生じる地球温暖化に対しては,広瀬(2010)のように批判的な考えも多かったが,IPCCの一連の報告書によって,人間の経済活動が地球温暖化に与える影響が確実なものと認識されるにつれて,脱炭素化,さらに脱炭素経営がビジネスにおける重要な課題となった。本稿では,主に脱炭素経営に焦点を絞り,生命保険,損害保険および協同組合共済の果たしうる貢献について,それぞれのビジネスモデルの特徴にもとづきながら,検討を加える。その際に,これまで行われてきたケースを参考として引用し,出来るだけ具体的に考察するように努めた。
■キーワード
人新世,SDGs,パリ協定,炭素予算,脱炭素経営,IPCC,COP,生命保険,損害保険,協同組合共済
■本 文
『保険学雑誌』第660号 2023年(令和5年)3月, pp. 99 − 113
責任保険契約における防御弁護士の利害関係と独立防御の在り方に関する検討
—米国法の検討を中心に—
深澤 泰弘
■アブストラクト
米国では責任保険契約に基づいて保険者が防御活動を行う際に,被保険者と保険者の間で一部の状況において利害が対立する場合があるが,このような場合であっても,保険者が選任し防御を担当する弁護士(防御弁護士)が常に被保険者の利益に反して活動するわけではない。しかし,故意免責等の可能性により責任訴訟と保険担保訴訟で争点が重なる可能性がある場合,防御弁護士は保険者に有利に被保険者に不利に防御活動を行ってしまう危険性がある。そこで,このような場合に限り被保険者が防御を担当する弁護士を選任すること(独立防御)を保険者に認めさせる必要(独立防御の承諾義務)が生じる。これに対して,我が国では被保険者に比較的自由に独立防御が認められているが,保険者側による防御活動の効率性・有用性に鑑みると,仮に保険者と被保険者との間に利害の対立があるとしても,防御弁護士に防御活動を任せる方が望ましいこともあるのではないだろうかと考える。
■キーワード
責任保険,防御弁護士,リステイトメント
■本 文
『保険学雑誌』第660号 2023年(令和5年)3月, pp. 135 − 158
自動車傷害保険における傷害事故三要件の存在意義
佐野 誠
■アブストラクト
本稿では,自動車傷害保険の約款において,原因事故の要件として,運行関連性要件(運行起因性要件,運行中要件)に加えて傷害事故三要件(急激性要件,偶然性要件,外来性要件)を規定する意味があるのかを,近時の裁判例の検証も踏まえた上で検討した。
その結果,自動車傷害保険においては,傷害事故三要件のうち実際に機能しており,その意味で実質的な存在意義が認められると考えられるのは偶然性要件だけであり,また,その偶然性要件も保険金請求者の立証活動の負担を緩和すべきとする学説や裁判例の動向によってはその存在意義が薄れてくる可能性がある,という結論になった。そして,これを前提とした場合,損害保険会社の商品政策として,自動車傷害保険において傷害事故三要件を削除するという選択肢もありうることを提示した。
その結果,自動車傷害保険においては,傷害事故三要件のうち実際に機能しており,その意味で実質的な存在意義が認められると考えられるのは偶然性要件だけであり,また,その偶然性要件も保険金請求者の立証活動の負担を緩和すべきとする学説や裁判例の動向によってはその存在意義が薄れてくる可能性がある,という結論になった。そして,これを前提とした場合,損害保険会社の商品政策として,自動車傷害保険において傷害事故三要件を削除するという選択肢もありうることを提示した。
■キーワード
自動車傷害保険,傷害事故三要件,運行関連性要件
■本 文
『保険学雑誌』第660号 2023年(令和5年)3月, pp. 159 − 188