保険学雑誌 第607号 2009年(平成21年)12月

信義則(最大善意の原則)

梅津 昭彦

■アブストラクト

 「保険法」が成立しその施行を待つばかりであるところ,具体的な規定としては盛り込まれなかった信義誠実の原則(信義則)について,保険契約における信義則のこれまでの議論と若干の判決例を整理することにより,「保険法」に信義則を明確にする規定は必要であったかどうかを探りたい。確かに,民法において明文規定を置く信義則(民法1条2項)を民法の特別法としての地位が与えられる「保険法」にあえて規定する必要性は認められないかもしれない。しかしながら,「保険契約者の保護」が「保険法」制定のひとつの趣旨であるならば,やはり,保険契約の契約としての特殊性,すなわち保険契約の(最大)善意契約性を確認し,保険者側にこそ強く信義則が要請されるものであり,保険契約における信義則の具体的内容と効果を示すことができないとしても,「保険法」に明文化する意味があったのではないかと考える。

■キーワード

 信義誠実の原則(信義則),善意契約性,保険契約者の保護

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 3 − 19

定額保険における現物給付

遠山 聡

■アブストラクト

 保険法制定過程において議論された,定額保険の現物給付を認めるべきか否かという論点については,結局否定されたものの,理論上の帰結ではなく,今後の議論の進展に委ねるものとして先送りされたものと理解される。今後の高齢化社会への対応の必要性等を考慮すれば,商品の多様化は顧客たる保険加入者の利益とも合致しうるものであり,契約法レベルで否定すべきではないように思われる。しかしながら,保険法制定過程において示されたように,金銭以外の財産やサービス等を保険給付の内容とすることには,保険契約者保護や保険事業の健全性確保といった観点から,問題も少なからず存在しており,とりわけ長期契約であることによる弊害を防止するための監督法的な規制による対応が十分に図られることが必要である。

■キーワード

 現物給付,定額保険,価格変動リスク

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 21 − 38

告知義務違反の効果とプロラタ主義

小林 道生

■アブストラクト

 保険法では告知義務違反の効果に関し,プロラタ主義は採択せず全部免責主義を維持することとした。しかし,そのことは同時にプロラタ主義に消極的な評価しか付与すべきでないことになるのであろうか。保険法立法の審議過程ではプロラタ主義の採用をめぐって議論が重ねられたが,プロラタ主義採用に対する過度の警戒からか懸念や問題点の指摘が相次ぎ,ややもすればプロラタ主義が一方的に批判の矢面に立たされたとの印象を否めない。当時としては,そのような批判に対する反論のなかでプロラタ主義がいかなるものかを見定めていかなくてはならなかったが,本稿では,あらためて法制審議会の議論状況をふりかえりつつも,プロラタ主義が全部免責主義に比して優位にあり,その結果,告知義務違反の効果に関し再考を促していたのはどのような場合であったのか,というより積極的な見地に立ち,プロラタ主義の再評価を試みることにしたい。

■キーワード

 告知義務違反,プロラタ

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 39 − 57

賠償責任保険における直接請求権

横田 尚昌

■アブストラクト

 保険法17条2項は,責任保険について,「被保険者が損害賠償の責任を負うことによって生ずることのある損害をてん補するものをいう」と定義する。したがって,責任保険は加害者の保護を第一義的な目的とする保険である。その一方で,この保険には被害者保護機能がある。本稿は,保険金からの優先的な被害の回復の制度として当初検討されていた被害者の保険者に対する直接請求権の制度について概観し,なぜこの制度が立法化されずに保険法22条では特別の先取特権の制度が定められることとなったのかという点について,両者の比較を行いつつ,先取特権の制度を導入することの意義と問題点を明らかにし,同条によって被害者を保護することについて検討する。

■キーワード

 賠償責任保険,直接請求権,先取特権

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 59 − 78

他人の生命保険契約・傷害疾病定額保険契約における被保険者同意不要類型

野口 夕子

■アブストラクト

 保険法では,賭博的利用やモラルリスクの防止を目的として,他人の死亡保険契約・傷害疾病定額保険契約において,契約の締結,保険金受取人の変更および保険給付請求権の譲渡又は当該権利を目的とする質権の設定という三局面で原則,被保険者の同意を要する。しかしながら,被保険者を保険金受取人とする傷害疾病定額保険契約では,給付事由が傷害疾病による死亡のみである場合を除き,契約の締結および保険金受取人の変更の際の被保険者の同意を不要とした。保険法部会でもこの点,疑問が呈せられたところであるが,そのありようには更なる検討が求められよう。

■キーワード

 被保険者の同意,被保険者の解除請求,保険金受取人の変更

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 79 − 98

始期前発病免責(契約前発病不担保)

土岐孝宏

■アブストラクト

 傷害疾病保険契約には,保険者の責任開始前(契約前)に原因がある高度障害状態ないし入院等に対する保険給付を制限する規定が設けられている。この契約前発病不担保条項については,告知義務制度で採用されている保険者と保険契約者の利益調整が,同条項の適用にあたっても配慮されるかが主たる争点とされてきた。保険法制定の過程では,同条項に制約を設ける立法の新設も検討されたが,それは実現せず,従前同様,その制約は解釈に委ねられることになった。同条項の制約にあたっては,解釈上,告知義務規定を類推適用するのではなく,告知義務規定その他保険法の規定の精神を信義則に反映して制約をかけることが妥当である。典型的には,契約者に知られていない危険について不担保とされる場合,契約者に知られている危険が告知されたが契約前発病不担保となることの十分な説明がなされなかった場合で不担保とされる場合に,その制約が検討される。

■キーワード

 保険法,契約前発病不担保条項,信義則

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 99 − 118

生命保険契約における解約返戻金規整

肥塚 肇雄

■アブストラクト

 解約返戻金およびその算定方法・金額については,商法には規律がなされていなかった。こんにち,低(無)解約返戻金保険,変額年金保険および市場金利連動型解約返戻金保険等が開発されるに至ったが,これらの解約返戻金算定基準は伝統的な生命保険のそれとはまったく異なるので,今般新たに成立した保険法に解約返戻金に対する規律を設けることを望む声もあった。しかしながら,結局,保険法に解約返戻金に対する規律は定められず,保険料積立金に対する規律が設けられたに過ぎない。本稿は,保険法が新たに制定されたことを契機に,商法における「被保険者ノ為メニ積立テタル金額」の意義と,解約返戻金に対する規律を再検討し,保険法下における保険料積立金に対する規律の可能性と解約返戻金に対する規律の限界を考察することを目的とするものである。

■キーワード

 解約返戻金,保険料積立金,責任準備金

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 119 − 137

保障型保険募集における助言義務・適合性原則

山本 哲生

■アブストラクト

 保障型保険の募集において,保険仲介者に私法上の助言義務を認めるべきかどうかは残された問題の1つである。助言義務は情報提供の整備だけでは適切な自己決定をすることが困難な状況において,自己決定原則を補完するものであると位置づけることができる。そのうえで情報の重要度,保険者側のコスト,当事者の社会的地位の総合的な衡量に基づき,信認関係,高度の信頼関係がなくともある種の助言義務を認める余地はあると考えられる。

■キーワード

 助言義務,適合性原則

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 139 − 158

保険募集に関わる損害賠償責任の内容

清水 耕一

■アブストラクト

 保険募集規律における損害賠償責任の特例について,わが国の保険法改正法には反映されなかった。その背景には,保険法が一般私法の枠組みの中でとらえていくべきであるというものであった。本稿では,保険募集の過程で情報提供義務に違反して締結された顧客のニーズに適合しない保険契約あるいは締結されなかった保険契約における「損害」とは何かを糸口にして,自己責任に基づく契約理論を背景としているドイツの新保険契約法6条の助言義務と保険募集人と保険契約者との間で取り交わされた内容による履行が保険者によって保障されるという判例により発展した保険者の信頼利益の法理との関係に注目した。

■キーワード

 保険募集規定,損害賠償の内容,一般私法体系における保険法

■本 文

『保険学雑誌』第607号 2009年(平成21年)12月, pp. 159 − 178