保険学雑誌 第617号 2012年(平成24年)6月

保険事業とERM:保険事業におけるERMシステムの構築と課題

―平成23年度大会共通論題―

総合司会 羽原 敬二

■アブストラクト

 ERMは,一般に認められている定義はなく,統一されたとらえ方があるものでもない。ERMは,保険会社がリスクと資本のバランスをとりながら継続的に収益を上げていくための管理手法であり,ERMの導入は,企業価値の安定的な向上が,結果的には保険契約者保護に繫がるという考え方に基づいている。リスク定量化の技術が不十分であったことが経営破綻の原因となった保険会社はなく,あくまでリスクの存在を経営者が認識していなかったか,リスクについて認識していても有効な対策をとらなかったか,または経営判断を誤ったことが,破綻の主な原因であるとされる。したがって,リスク量を正確に計測することよりも,ERMの実施によってリスクを可視化することに価値がある。ERM の導入または定着を成功させるには,経営者の理解と主導に基づき,ERMと事業戦略および日常業務が密接かつ直接に結びついて効果的に実施されることが求められている。

■キーワード

 ERM,金融工学,コーポレートガバナンス

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 19 − 36

保険事業とERM

―ERM展開の経緯と保険事業の立場―

大城 裕二

■アブストラクト

 米国大恐慌後の費用節減思考は,保険費用軽減策をも検討させ,リスク研究を促進した。保険可能性を考慮し,しばらくは「純粋リスク」に絞る操作的リスク概念が対象とされてきた。情報化・グローバル化の流れは市場環境を変化させ,規制緩和を通じて市場回転率の向上,市場広域化,経済尺度の統一化,ART開発等が推進され,価値収斂の財務統合的RMが展開されるようになった。こうした市場環境の変化を促す動きにリスク問題は不可避であり,生産過程の確実な進行を図るRMの重要性が高まった。2000年頃から企業内部不正事件が続発し,SOX法の制定がなされ,ERM実践の展開が検討され始めた。ERMは,企業組織問題に踏み込み,対象リスクの広範化が招来されている。保険事業では,その特殊事業規制に従う主要業務の展開に付随業務に関するERM効果が期待できる。

■キーワード

 保険管理型RM,ERM,SOX法

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 37 − 51

ERMの多様性と保険会社のERM

杉野 文俊

■アブストラクト

 ある業種なり企業なりのERMは「全社的リスクマネジメント」「統合的リスクマネジメント」「コーポレートガバナンス」「内部統制」「戦略的リスクマネジメント」「制度的リスクマネジメント」という6つのコンポーネントからなる三次元モデルで捉えることができる。最近の実態調査によると,保険業と一般事業とで,ERMの導入が容易でないことは同様であるが,保険業の場合には,「ソルベンシー目的のERM」であるという特徴が顕著である。ソルベンシーⅡを始めとして,現代のソルベンシー対策は,保険(ハザード)リスクやファイナンシャル・リスクのみならず,オペレーショナル・リスクや戦略リスクなども含めたあらゆるリスクを対象とするものであり,ERMなしにはあり得ないということである。それ故,保険会社のERMは「統合的リスクマネジメント」「内部統制」「制度的リスクマネジメント」の領域に軸足を置くものになっているといえる。

■キーワード

 三次元モデル,実態調査,ソルベンシー目的

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 53 − 72

保険会社のERMとガバナンス

長谷川 俊明

■アブストラクト

 保険会社の経済価値ベースのソルベンシー評価は世界的潮流だが,同評価の適切な実施にはERMが有効である。保険会社には計量化が難しいリスクもあるので,定性的評価を定量的評価と併せて行うことでERMを機能させうる。
 ERMは,事業体全体にわたって適用されるプロセスであり,保険会社のERMにはリスクの計量的把握に加え,ガバナンスと内部統制による定性的リスクコントロールが欠かせない。とくに,保険契約者への説明不足,風評,システムなどからくるリスクが重要である。
 相互会社はステークホルダーが異なるため,株式会社以上にガバナンス向上が求められる。また,ERM は企業グループで大きな威力を発揮するのでグループ内でリスク管理手法を適切に使い分けるべきである。東日本大震災のような大自然災害時の保険会社としてのBCP(事業継続計画)は,リスクガバナンスを利かせたERMの一環とすべきであろう。

■キーワード

 経済価値ベースのソルベンシー評価,定性的リスクコントロール,相互会社のガバナンス

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 73 − 83

保険会社のERMと監督当局の関係

植村 信保

■アブストラクト

 保険会社のERMの目的は,保険会社が自らの健全性を確保しつつ,企業価値を持続的,安定的に向上させることであり,本来は外部から促されて実行するのではなく,保険会社が自己管理の一環として行うべきものである。それにもかかわらず,監督当局がERM に注目するのは,企業価値の安定的な向上が契約者保護に資するという考えによる。多くの保険会社においてERMの構築は初期段階にあることを踏まえ,金融庁は「促進」型の検証を行い,当該保険会社にとって重要なリスクを踏まえ,細部にこだわらず,大くくりで検証することを目指している。さらに,保険会社の健全性規制のなかでERMを活用することも検討していくべきと考えている。

■キーワード

 ERM,保険検査マニュアル,保険コア・プリンシプル

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 85 − 92

The Wage Schedule of a Risk Averse Manager in an Insurance Market

Mahito Okura

■アブストラクト

 This research investigates the wage schedule of a manager in an insurance firm when the manager is risk averse, using a principalagent framework. The results of this research are as follows. In the case of a monopoly market, a perfectly fixed wage is submitted. In contrast, when the market includes more than one insurance firm, a perfectly fixed wage is not the equilibrium. In addition, this research derives the result that when the number of insurance firms is relatively small, if the number of insurance firms increases, the weight of a performance-based wage rises. In contrast, when the number of insurance firms is relatively large, even if the number of insurance firms increases, the weight of a performance-based wage may remain constant.

■キーワード

 Wage schedule, Manager, Insurance market

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 119 − 137

ジェロントロジーが保険および保険学の発展に寄与する可能性に関する考察

梅田 篤史

■アブストラクト

 保険学は,今日まで様々な周辺分野との結びつきにより発展を遂げてきた。
 本稿では,高齢社会の中で注目されるジェロントロジー理論の基本的枠組みと高齢社会における保険の方向性を検討し,これらをもとに保険学の周辺分野としてのジェロントロジーが保険学に与える影響について考察を行った。
 高齢者の生活および新たな保険ニーズを探るために,わが国の人口・寿命をはじめ,高齢者の生活および問題点について検討を行った結果,今日の高齢者は様々な問題に直面していることがわかった。
 これらの問題を保険ニーズと捉え,今後の高齢社会における保険のあり方として,高齢者が保険の対象となる可能性,現物給付の必要性,保険に付随する各種サービスの充実をあげ,さらに保険学への影響として保険のリスク概念に対する再検討の必要性を述べた。
 ジェロントロジーの「高齢者を知る」という根本的な研究課題は,今後の保険および保険学の新たな可能性を示している。

■キーワード

 ジェロントロジー,高齢社会の保険,保険学への影響

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 139 − 158

保険会社における取締役の適格性に関する一考察

小野寺 千世

■アブストラクト

 保険業法8条の2第1項は,保険会社における取締役の適格性について規定している。本稿では,ドイツ保険監督法7a条1項を比較法として,本規定にいう適格性の法的概念および判断基準について明らかにすべく,考察した。
 保険業法8条の2第1項において,保険会社の取締役には,リーガル・リスク・マネージャーとしての適格性が求められていると考えられる。すなわち,取締役に求められる「経営管理能力」とは,保険業固有の特色,保険業の社会的役割の重要性をふまえた,保険会社の経営管理に必要な高度の専門的知識経験であり,「社会的信用」とは,人物的な信頼であるとともに,将来において保険会社の業務を健全かつ適切に運営することへの信用であると解される。そして,適格性の有無を判断するにあたっては,「保険会社向けの総合的な監督指針」が参照されているが,判断基準の一層の明確化のためには,立法的解決も一つの方法と考える。

■キーワード

 適格性,経営管理能力,社会的信用

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 159 − 177

ネット生保の実態と将来像

岩瀬 大輔

■アブストラクト

 インターネットを主たる募集チャネルとする「ネット生保」が営業を開始してから3年半が経過した。シンプルな保障性商品を低廉な保険料で販売するビジネスモデルが30歳代の若年層を中心に支持を集め,契約件数を順調に伸ばしている。もっとも,ネットを活用しても営業効率が直ちに改善する訳ではなく,マーケティング施策の巧拙が求められる。また,非対面による加入時のモラルリスクを防止することや,加入後の諸手続きにおいても契約者保護のために,様々な工夫が必要となる。今後,ネット生保以外の生命保険会社も,いかにしてインターネットを活用して顧客への提供価値を高めるか,検討していく必要があるだろう。

■キーワード

 ネット生保,マーケティング戦略,企業価値

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 179 − 197

損害保険会社のCSR

鴻上 喜芳

■アブストラクト

 CSRへの関心が高まりCSR企業ランキングも盛んに公表されているが,金融機関はランキング除外となっており金融機関がCSR優良企業として注目される機会は少ない。金融商品を通じてのCSR影響度も,損害保険は,銀行・証券といった隣接業界に比べると現在は大きくはない。本稿では,損害保険会社のCSRについて,各社担当部署へのアンケートを通じて取組状況・自己評価を明らかにした上で今後のあり方を考察する。損害保険のCSR取組みは環境重視であり,CSR担当部署は,事業会社・銀行・証券との比較についてはあくまで損害保険に期待される役割に徹するとし,商品CSRの影響度は今後の取組み次第では銀行・証券に劣らない役割を果たせると意欲を見せている。損害保険商品CSRは,①商品提供自体の環境負荷を削減するもの,②気候変動関連の損害を適切に補償する商品の提供,③顧客企業のESG配慮行動を促進する保険商品の提供,に分類されるが,今後重要なのは③の取組みである。

■キーワード

 CSR,損害保険,金融機関

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 199 − 218

農業構造の変化と保障需要

―アンケート調査結果を用いた稲作農家の保障ニーズ分析―

渡辺 靖仁

■アブストラクト

 本稿では,生産能力の持続可能性が懸念されている日本の水田農業の現状を示し,アンケート調査の個表を用いて稲作農家の保障需要の傾向を分析した。農村保障市場は寡占的な競争市場である。米販売額の減少はもちろん稲作農家の保険料・共済掛金支出額の減少をもたらす。その減少率は,農協共済よりも,生保・損保・簡保の順に高い。一方,規模拡大を志ざす稲作農家では,経営リスクをカバーする補償需要は高まる。このように稲作農家をめぐって縮小する市場がある半面,新たに生まれる市場の可能性を指摘した。

■キーワード

 寡占的農村保障市場,水田農業の弱化,相互依存性

■本 文

『保険学雑誌』第617号 2012年(平成24年)6月, pp. 219 − 238