保険学雑誌 第657号 2022年(令和4年)6月

地震リスクに対する企業保険制度の課題:問題提起

中出 哲

■アブストラクト

 本共通論題は,地震リスクを題材に,企業損害保険制度の課題を討議するもので,本稿では,問題提起として主要な論点を示す。損害保険は,地震リスクに対する各種のリスクファイナンシングの中核となるもので,その点はこれからも変わらないであろう。現状では,利益損失リスクへの保険手当てが進んでいるとはいえず,利益保険の活用が望まれる。損害保険の利用を更に促進していくためには,保険金支払いに時間と費用を要する損害てん補という方式に工夫が必要で,その柔軟化は重要な検討課題といえる。巨大リスクに対する対処をさらに進めるためには,共同保険についても多様な方式の研究が必要で,グローバル市場の活用も課題となる。更に,企業のリスクマネジメントの高度化も重要で,リスクマネジャーの設置が有益と考えられ,大学等は,専門人材の育成にも力を入れる必要がある。
 
 

■キーワード

 企業損害保険,大規模リスクへの対処,損害てん補の柔軟化

■本 文

『保険学雑誌』第657号 2022年(令和4年)6月, pp. 1 − 20

企業地震保険手配に関する課題

—三菱重工グループの地震保険手配を通じた考察—

増山 啓

■アブストラクト

 
 日本企業の直面する重大リスクの一つである地震リスクに対するリスク移転手段として,企業地震保険の活用が挙げられる。報告者の所属する三菱重工グループにおいても,グループ全社の保険プログラム統合を契機として2016年よりグループとして企業地震保険付保を開始している。一方で,リスク評価ならびに低減策の実行,最適なストラクチャーでの保険移転,残余リスクに対する自家保有という一連のリスクマネジメントプロセスの中で,企業地震保険のプログラムの設計や保険料の算出に用いられる地震リスク評価モデルへの依存,長期化しやすい保険金請求プロセス,グループ経営における事前対策の意思決定や防災投資に対するのインセンティブの与え方の難しさなど課題も多い。自然災害などの集積リスクやその最たる例である地震リスクについては,単純に大数の法則や固有リスクで語られる物保険と異なり,場所依存性があり経済合理性のある保険料水準で保険手配の困難なエリアも生じ得る。保険マーケットのみならず他の資本市場の活用,自家保有を含めた最適解を模索する必要のあるリスクであり,被保険者としても自社のリスク分析,また外部ナレッジ活用を通じ,適時適切に経営層の意思決定行い,来る大規模地震発生時に損害を最小化し,迅速に復旧を出来る体制を構築しなければならない。
 

■キーワード

 企業地震保険,企業の保険リスクマネジメント,リスクマネージャー

■本 文

『保険学雑誌』第657号 2022年(令和4年)6月, pp. 21 − 29

地震リスクと保険プログラムの構築

—補償ギャップと企業のリスクマネジメント・保険戦略—

平賀 暁

■アブストラクト

 東日本大震災から10年が経過した。企業を取り巻く幾多のリスクの中で,自然災害,とりわけ地震リスクは日本の企業にとっては常に上位リスクとして有価証券報告書等に記載されてきている。地震リスクへの事前・事後対策としてのリスクマネジメントは,事業継続計画(BCP)などの軽減策や保険を含むリスクファイナンスによる転嫁・保有策があるが,後者のリスクファイナンスの利用率は日本企業全体の3割程度である。これは火災(財物)保険の加入率6割強に比べると低い状況である。
 本稿では,2017年7月に筆者が所属するマーシュが発行した“リスクファイナンスサーベイ分析レポート2017年版”の結果を元に,地震リスクを中心に日本企業のリスクマネジメントやリスクファイナンスの問題点に触れ,保険転嫁が進まない理由を分析する。そして,日本企業にとって保険プログラムとリスクマネジメントの在り方を経験則に基づいて定性的に概説する。

■キーワード

 補償(プロテクション)ギャップ,機会損失,統合保険プログラム

■本 文

『保険学雑誌』第657号 2022年(令和4年)6月, pp. 31 − 45

地震リスクをめぐる再保険

—再保険に期待される役割—

谷水 克哉

■アブストラクト

 企業地震保険を提供する保険会社は再保険を活用してリスクヘッジを行っている。一件当たりの付保額が大きいものについては任意再保険も活用される。かつては火災契約を抱き合わせて出再する仕組みのスペシャルシャープラスと呼ばれる再保険も使われていたが,近年では地震部分だけをクオータシェア特約で一定割合を出再し,残る保有部分についてオカランスベースのエクセスオブロスを手配するという方法が一般的である。さらにはキャットボンドなどのILSを利用した手法も利用されるようになってきた。そのように保険会社の企業地震保険の引受を支援する再保険であるが,その引受額(キャパシティ)や再保険価格について,それらの変動がリスクであると考えられて必ずしも100%の信頼がおかれてきたわけでもない。これは1980年代の終わりから30年あまり再保険市場の実務に携わってきた中での変わらない印象である。一方で,その間,再保険市場も様々な変遷を遂げてきており,1990年代の市場とは異なる。そのような再保険市場の変遷を見ながら日本の地震リスクについて我々は再保険にどのような期待をすべきなのか考察したい。
 

■キーワード

 地震リスク,再保険,市場の変遷

■本 文

『保険学雑誌』第657号 2022年(令和4年)6月, pp. 47 − 65

企業における地震保険の研究への課題

—新たな研究領域の開拓に必要なもの—

榊 素寛

■アブストラクト

 企業における地震保険を研究するうえで,現時点では,解釈論や立法論という伝統的な保険法学の研究手法に依処することは,情報不足の故に困難である。
 本稿においては,他の報告者の先端的な実務の報告に関心を持った若手研究者の参入を促すため,企業分野の研究が伝統的な保険法研究に与えうるインパクトや開拓可能な新たな論点を複数示すと共に,伝統的な保険法研究の手法の限界を前提に,会社法との関係や参入するうえで必要な方法論,ブルーオーシャンへの参入の必要性,若手研究者に必要なスキルセット等についての筆者の理解を示す。
 

■キーワード

 企業保険,地震保険,新たな研究領域の開拓

■本 文

『保険学雑誌』第657号 2022年(令和4年)6月, pp. 67 − 86

巨大災害リスクと保険の役割

—リスク・ファイナンスからレジリエンス・ファイナンスへ—

永松 伸吾・柏木 柚香・千葉 洋平

■アブストラクト

 本稿は,巨大災害リスクに対する保険の役割について,社会のレジリエンスを向上させるという視点から,その政策的活用に向けた論点を既存研究をもとに整理する。巨大災害に対するプロテクション・ギャップの発生要因として,保険加入が進まないことを指摘し,その理由として保険料に起因する問題,リスク認知に関する問題,保険商品への理解不足といった問題を指摘する。他方で期待損失の軽減が進まないという問題について,その理由として,保険は一般的に期待されているほど事前対策のインセンティブとして機能していないことを示す。そして,こうした状況を改善する一つの方策として,リスク・ファイナンスに代わるレジリエンス・ファイナンスという新たな概念を提示する。

■キーワード

 レジリエンス,プロテクション・ギャップ,CATボンド

■本 文

『保険学雑誌』第657号 2022年(令和4年)6月, pp. 117 − 135

保険会社の情報開示とメディアの役割

植村 信保

■アブストラクト

 保険は保険会社の経営内容が商品・サービスの価値を左右するため,保険会社の経営情報は消費者(現在および将来の保険契約者)にとって,経営危機時のみならず,平時においても知る必要のある情報である。ただし,消費者が保険に加入する主な動機は保障(補償)の獲得であり,加入する保険会社の経営内容にまで関心を広げにくい。そのなかで,消費者に向けて保険会社の経営情報を伝えてきたのは,主として新聞をはじめとする各種のメディアだと考えられている。
 ところが,過去20年間における生命保険会社および損害保険会社の決算発表に関する新聞報道を分析したところ,平時における決算報道が固定化し,かつ,各紙が同じような内容に収れんしており,しかも,それが読者である消費者にとって有益な情報とはなっていないことを確認した(特に生命保険会社)。その背景をメディア論の知見に加え,「報道する側」および「報道される側」に対するインタビュー調査によって探ったところ,社会的な重要性や読者の関心,面白いかどうかといった,メディア自身が考えるニュースバリューの有無に加え,頻繁な人事異動やそれに伴う知識不足,報道対象への依存など,報道機関に固有の事情が現在の報道に影響を与えている可能性が高いと判明した。
 

■キーワード

 決算報道の固定化,ニュースバリュー,報道機関固有の事情

■本 文

『保険学雑誌』第657号 2022年(令和4年)6月, pp. 137 − 165

イギリスにおけるD&O保険と会社倒産時の取締役の責任

金澤 大祐

■アブストラクト

 本稿は,わが国において,会社倒産時の取締役の損害賠償責任がD&O保険によって填補されるかについて検討する前提として,イギリスにおける議論を参照するものである。イギリスにおいては,会社倒産時の取締役の責任がD&O保険によって填補されるかについて,倒産免責条項,会社が取締役に対し会社補償によって損害を填補したと擬制する会社補償推定条項,支払限度額を共有することによる取締役と会社間及び取締役間の利益相反が問題となる。会社の倒産に関連する取締役の責任がD&O保険によって填補されるか否かについては,倒産免責条項の有無やその内容による。会社補償推定条項については,保険契約の約款の条項での対処が必要となる。取締役と会社間の利益相反は,取締役が被保険者であるサイドAと会社が被保険者であるサイドCを独立した商品とすることで,取締役間の利益相反は,取締役個人で保険を購入することで対処している。
 

■キーワード

 D&O保険,倒産,取締役の責任

■本 文

『保険学雑誌』第657号 2022年(令和4年)6月, pp. 167 − 187